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行き場のない激しい感情

ー智紀sideー 「あ、美味しい」 俺は華やかな柄のティーカップの中で揺れている赤い液体を飲んだ 微かに焼き栗の匂いが香る紅茶で、ほんのりと蜂蜜の甘みが口の中に広がった 「僕はね、紅茶を淹れるのが好きなんだ。きっかけは蛍がくれた。僕の淹れた紅茶を『美味しい』と凄く嬉しそうに飲んでくれて。それまでいつ泣きだしても良いような張りつめた顔をしていたのに。僕の淹れた紅茶で、そこまで表情を変化させてくれた人は初めてだった。何の疑いもなく、紅茶に口にして、『美味しい』と本心から言ってくれた。僕にはかけがえない言葉だった」 丸いテーブルの真正面に座って、優雅に紅茶を飲んでいるカイルさんが、にっこりと微笑んだ 「僕はね。昔から、マフィアのトップになるべき男として育てられ、何をやるにも…マフィアらしさを求められた。だから紅茶を淹れるのは…もちろん良い顔をされなかった」 カイルさんの寂しそうな顔に、影が過る 求めてもらいたい場所で、求めてもらえなかった人は、同じような目をしている気がする 蛍も同じような影を持ってる だからカイルさんって人にとっては、親近感がわき、それが恋心に変わっていったのかな? なんて勝手に考察してしまった 「凄く蛍を愛しているんだな」 「ああ。凄く大好きだ。ずっと傍に居てほしい。僕の…傍に」 カイルさんの手の中で、カップが割れた 強く握り締めすぎたのだろう 「あ…ちょ…大丈夫かよ」 俺は慌てて立ち上がる 高そうなティカップをいとの簡単に、割りやがった 紅茶の熱い液体が、カイルさんの手にかかった 近づく俺の手首をぎゅっと掴んだカイルさんが、座ったまま見上げてきた 「ねえ、何がいけなかったんだと思う? 僕は蛍さえ居れば、それだけいいのに。蛍が欲しかった。蛍以外は何も求めない。我儘も言わないのに。蛍だけ…僕には、蛍だけ居れば」 俺の手を痛いくらいに握りしめると、カイルさんがテーブルに肘をついて、涙を零した カイルさんに掴まれている手の甲に、涙がぽたりと落ちた 「あ…えっと…」 俺は何を言ったらいいのかわからず、中途半端に口を開き、そして口を閉じた 何も言えないよ、俺には たぶん、俺に何かを言ってほしいわけじゃないんだと思うけど こういう雰囲気になると、聞いている側としては何を言わなきゃいけないような心理にさせられる 立派な言葉なんて、俺の辞書にはない 格好良い言葉だってない 傷心のカイルさんを癒してあげられる言葉なんて、俺の中には存在しないよ だって、俺…蛍にはライさんが似合ってるって思ってるし ライさんだって、言葉や態度は冷たいけど、蛍を気にしてる 正直言って、カイルさんの存在は俺にとったら…困るっていうか 蛍とライさんの恋愛の邪魔をして欲しくないから 傷心で泣いているカイルさんには、悪いとは思う 蛍を大事に思ってる気持ちは、さっきの言葉から痛いくらいに伝わってきた でもカイルさんには、蛍を諦めてもらいたいよ 「どうして道元坂 恵は、蛍を奪った?」 「それは…」 道元坂も、蛍はライさんと一緒になるべきだって思ってるから? それに道元坂の子供だし、あいつなりに蛍を可愛がっている ちと、表に出てくる愛情表現は薄いけど…あいつは、そういうヤツだし 気持ちを表に出すのが下手なんだ だけど大事なものに対しては決して、自ら背を向けたりしない紳士なヤツだと思う 「ねえ、トモキ。君も、蛍はライという男と一緒になるべきだと?」 「ごめん」 俺は、コクンと頷いた 「俺、ずっと蛍とライさんの二人を見てきてるから。思い入れ強いんだと思う」 カイルさんが悔しそうに下唇を噛み締める うっすらとまた涙を浮かべると、握っている俺の手を振り払った 「どいつもこいつも…」 カイルさんの目が細くなると、今までとは違う声色で、荒々しく言葉を吐きだした え?  俺は「カイルさん?」と声をかける間もなく、カイルさんの拳を顔面で受けていた 身体が、カイルさんの力によって反回転し、床に伏せた いってぇ

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