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行き場のない激しい感情2

急に何すんだよ 身体を起こそうと床に両手をつくと、今度はカイルさんの足で、腹を思い切り蹴りあげられた 「くっ」と俺はうめき声とともに、唾が飛び出す 身体は宙に浮き、数メートルほど飛ばされて、また床にごろんに横になる 「何度言ったら、わかる! 僕は蛍さえいれば、他は何もいらないんだっ。なぜわからない。僕には蛍しか居ないのに。どいつもこいつも、僕の気持ちを理解しない」 吊り上がった怒りの目には、俺は映っていない 誰のことを言っているのだろう 何度も…って、俺はまだ一回しか聞いてない カイルさんから見る蛍の存在価値について… 今日、初めて聞いた…てか、カイルさんって人とは今日が初対面だ カイルさんの手に、熱い紅茶の入ったポットが握られる もしかして、それを俺に投げるとか…しないよな 俺は蹴られた腹のせいで、乱れた呼吸を整えながら、目の端に映るカイルさんの動きに驚いた あんなのを投げられて、俺に当たったら…痛いだけじゃく、火傷をしてしまう 俺は必死になって態勢を整えようとするが、焦れば焦るほど、うまく立ち上がれなかった 俺の予想的中 カイルさんの腕が振り上がり、ポットを投げられた 逃げられないと判断した俺は、身を縮めて目をつぶった ポットが床に転がる音と、お湯が飛び散る音がするが…俺には何の感触もなかった 熱いとか、痛いとか…そういった痛覚の反応が全くなかったのだ 恐る恐る目を開けると、俺の目の前に誰かが立っていた 床にはクッキーが飛び散り、俺の前に立っている人の手には何も乗っていないクッキーがあった この人は、クッキーを持ってきて…咄嗟に俺の前に立ってくれたのだろう 「翔? ここで何をしている?」 カイルさんの不機嫌な声がした 俺を守ってくれたのは、もしかして翔さん? 「紅茶にすると言っていたので、厨房からクッキーを貰ってきました」 「そういうことを聞いているんじゃない。どうして人質を守ったのかと聞いたんだ。僕の気分を害した人間を守る必要があったのかな?」 『客人』から、『人質』に俺の立場は逆戻りしてしまったらしい 冷たく凍りついた顔のカイルさんに、翔さんが深く頭をさげた 「申し訳ありません。先程は、『客人』と仰っていましたので」 「そうか。そう…だったな。トモキは客人だった」 ハッと我に返ったカイルさんが、苦笑して、椅子に腰かけた 金色の髪をさらりと揺らして、「また…やってしまった」と苦しそうな表情を浮かべていた 翔さんが、「大丈夫ですか?」と俺に向いて声をかけてきた 「あ…ああ、うん。俺より、あんたのほうが」 「平気です」と翔さんが、言葉短く返事をして、赤くなっている腕の皮膚を隠した 顔と腕が、火傷を負っている ただでさえ、俺が負わせた傷が生々しく残っているというのに 「お…俺もさ。よく感情が高ぶると、言わなくて良いことまで言って、墓穴を掘るほうなんだ。それで何度か、恥ずかしい思いをしたりして…。だから、カイルさんも気にしなくていいから」 俺は立ち上がりながら、極力明るい声を出した 「あ、ああ」と曖昧にカイルさんが返事をすると、遠くのほうに視線をやって、茫然としていた あれ? 俺の言葉ってもしかして何のフォローにもなってない? 俺は翔さんと目を合わせると、乾いた笑い声をあげた 「新しいクッキーをお持ちします」 翔さんは俺の笑いに何の反応もせずに、立ち上がると、零れたクッキーをささっとかき集めて部屋を出て行った え? ええ? ここでまた二人きりにさせられるのかよ! 俺は翔さんが出て行ったドアをじっと眺めたまま、動けなくなった テーブルに行く勇気もない さっきみたいに、カイルさんの真向かいに座るべきなんだろうけど…気が引ける というか、怖い また殴られたら? 蹴られたら? 何かモノを投げつけられたら? 余計な恐怖心が、俺の動きを止めてしまう 俺は床に座ったまま、じっとカイルさんの動きに注目していた 「蛍が好きだったんだ。僕は蛍だけいれば…って。なぜ蛍は僕じゃダメなんだろうか」 カイルさんが重苦しい息を吐きだすと、テーブルに顔を伏せた 俺、何も言えないや… 俺、カイルさんの気持ちがわからねえもん 誰かを凄く好きで、その人に振り向いてもらえないって経験をしたことがないから カイルさんの心は、想像はできても、本心を理解できねえし 安易な言葉は、相手を傷つけるだけだ 俺は床に膝を抱えて、身体を丸めると、何も言わずにただただカイルさんの落胆した姿を見守っていた なあ、道元坂 今、何してんだよ 俺、道元坂と一緒になってなかったら…今頃どんな生活だったんだろうなあ カイルさんみたいに、俺は道元坂を一途に愛し続けられたかな? 離れてる間も、俺は道元坂を何年も想っていたのかな? 寂しくて…他の誰かと恋愛をしていたかもしれねえよな わからねえや なあ、道元坂 俺、早く道元坂んとこに帰りたいよ

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