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禁断の果実は甘い味

ー恵sideー そういえば、梓との新婚旅行でイギリスに来たなあ、と私は思い出した どうしても海外がいいと言う彼女の要望に応えたが…… 良い思い出がイギリスにはない イギリスに来て、初めて梓に浮気された 妻の帰ってこないベッドで、一人で横になり…一晩中帰りを待っていたのを覚えている 翌朝、ご機嫌で帰ってきた梓の首筋には私以外の男の痕が残っていた 自嘲の笑みを私は浮かべると、カランとグラスの氷が鳴った ホテルの最上階にあるバーで、私はアルコールを摂取する そうでもしなければ、私は智紀のいない夜を耐えられそうにない いつから智紀をこんなに愛していたのか ただ、生きる希望を与えてくれた少年にお礼をしたくて… 気がつけば、智紀を追いかけていた 智紀のいない生活なんて、有り得ないと思えるほど、智紀を欲し、智紀に頼っていた もう、智紀無しの生活など考えられん 「恵の呼び出しはいつも唐突ね」 バーカウンターで飲んでいる私の隣に、一人の日本人が座った 真っ赤なワンピースドレスに、ルージュの口紅が似合う姿は、どこか梓に似ている 「椿、ますます似てきたな」 「やめてよ。私が梓姉さんを嫌ってるの、知ってるでしょ」 「そうだな。だがよく似ている」 「私、姉さんみたいに冷徹じゃないわ。それにマフィアにも興味ないし。あんな生活、耐えられない」 椿の肩口から、ちらっと古傷が見えた 梓がつけた傷だ ほかに数か所、火傷や傷が残っている 思い返せば、梓が他人を傷つける行為になんの抵抗も感じなくなったのは、椿への虐めがきっかけだったかもしれないな 私の視線に気づいたのか 椿が、ドレスの肩ひもで、古傷を隠した 「古傷よ」と椿が冷たく言い放つ 「知っている」と私は答えてから、グラスの中に入っているスコッチを空けた 「こんな身体のせいで、恋人も出来やしない。姉さんは墓の中で喜んでいるわね。いつも自分より幸せになる人間は嫌っていたもの」 「他人を不幸する天才だったな」 「その通りね。おかげで今も姉の陰に怯えているわ。もう死んでると言うのに、夢に出るのよ。姉の足跡のないスコットランドに来たけど…やっぱりここも姉さんの匂いがある」 「梓を知らないマフィアのほうが数少ないだろうな。それもあと数年もすれば消えるだろ」 「6年も待って…まだあと数年も? 一生、このツライ生活からは逃げられないのね」 梓の功績は、マフィア目線で言えば素晴らしい だが、女としては最低であり、母親としても良い親だったとは言えない 生まれ持った血のなかに、家族愛だとか人情だとかそういった類のものは含まれてなかったのだろう 育っていく家庭環境の中でも、教えられなかった 同じように生きてきたはずなのに、椿は違う 教えてもらえなかった部分は、己で気付き、補充してきた 梓とは違うのは、椿は己の家庭環境を異常だと気付き、飛び出す行動力があった 一人で生きて行く力もあったし、踏みつけられても前を見続けられる根性もあった それが梓とは違った 籠の中でしか生きれなかった者と巣から飛び立てた者の違い 「こんなところで、長く飲んでいるつもりなら、私の家に来る? つまみと酒なら用意できるわ。誰が聞き耳をたてているかわからないような場所で、話しなんてできないでしょ?」 「まあ、な」 「どんな話しか…くらいはもう、予測してるけど」 「家に上がらせてくれるということは、了承してもらえた…と理解していいのかな?」 「さあ? と、知らないふりをしたいところだけど。いいわ。雲隠れももう無理…なんでしょうね」 椿が苦笑して、肩を持ち上げた 私もそれに応えるようにふっと口元を緩めると、席を立った 「悪いな。息子の将来がかかっているんだ」 「知ってるわ。雲隠れしていても、情報は私の耳に届くわ。嫌な世界よね。遮断したいと、もがけばもがくほど、どんどんと泥沼に入っていくのよ。いい加減、腹を決めないとね。逃げるばかりじゃ、いけない」 私は、バーカウンターのテーブルの上に、お代とチップを置くと、椿と一緒に店を後にした ホテルから車で、20分のところに椿の住んでいる家があった 大きな門構えの向こう側に広い庭園が広がっていた 「両親の遺産に、姉さんの遺産…無駄に金だけはあるから」と、椿が困ったように笑っていたが、金があっても、欲しいモノが手に入らない生活は、空しい 椿が今までどんな生活をしてきたか…は知らない 知っても、何も手助けなどできないから、知ろうともしなかった いくら豪華に見える屋敷を目にしても…私は羨ましいとは思えない 私も、椿も梓とは違う『幸せ』を求めている 私は智紀と知り合い、付き合って私が求める『幸せ』を手に入れた じゃあ、椿は? そろそろ、梓から解放されても良いと私は思う 私は椿に案内されるがまま、屋敷内を歩いた 客間に入ってソファに腰をおろしていると、ドンドンと足音がして、ドアが勢いよく開いた 「あんたっ、椿さんの金目当てなんでしょ! ズカズカと家にまで上がり込んで、失礼千万よ。あたしの機嫌が良いうちにさっさとオウチに帰りなっ」 10代後半の女が、客間に飛び込んでくるなり、私に指をさして、大きな声で怒鳴った 私はソファに深く腰を落としたまま、その少女を見て、目を細めた 「金に興味はない」 「じゃあ、身体? 椿さんのスレンダーな身体が目当てなの?」 ズカズカと大股で私に近づくと少女が、私の胸倉を掴んだ 「椿はスレンダー過ぎる…ていうか、椿は男だろ」 「え? 知って……じゃあ、なんでウチにあがったの? 何が目的よっ」 「君に会うのが目的…なんだろ? 椿、この子を私に会わせたくて、家に呼んだんだろ?」 少女に胸倉を掴まれたまま、私は楽しそうに微笑んでいる椿を見やった

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