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禁断の果実は甘い味3
カチリ、と引き金を引く音が耳の近くで聞こえて、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。
暗闇だが、人の気配が感じられる。
ものすごく緊迫した空気が、真横に存在している。
「貴方、本当にあたしのお父さんなの?」
優衣の低い声が耳に入ってくる。
こめかみに拳銃を突きつけられ、私はどうやら娘に尋問されているようだ。
「DNA検査したいなら、喜んでやらせてもらうよ」
「どうしてお母さんを殺したの?」
「は?」
銃身がぐいっと皮膚に押し当てられた。
「あたし、無知な女とは違うの。椿さんは隠したがるけど、あたしは知ってるんだから。何も知らない小娘だと馬鹿にしないで。でも椿さんは、可愛くて、無知な私を望んでいるから、そう演じているだけ。それに、勘違いして欲しくないから初めに言っておくわ。両親に会いたいと思っていたのは、愛情を受けるためなんかじゃない。私を捨てた理由と、お母さんを殺した理由を知りたかったから」
「優衣のお母さんを殺したことに、言い訳をするつもりもないし、隠すつもりも私にはない。が、事実を言うことで苦しい思いをする人間がいる。だから、真実を話す気はない。ただ私の口から言えるのは、あの時はああするしかなかった」
「『ああするしかなかった』ですって?」
銃身が震える。
怒りか。動揺か。そんな手では、せっかくの拳銃の脅しも効果が半減だ。勿体ない。
「ああ。ああするしかなかった。選択肢は二つしかなかった。我が子か、妻か。私は我が子を選んだ。優衣のお兄さんの命を、私は選んだ」
「妻よりも?」
「元妻だ。すでに関係は破綻していた」
「だからって……」
「選択肢が二つしかないと、言っただろ。両方救える道は、あの時には存在してなかった」
パチっと部屋の入り口付近で音がすると、室内を明るくなった。
「何をしているの?」
椿がドアのところに立って、こちらを見ていた。
私は椿に気付かれないように優衣から拳銃を奪うと、背中に隠した。
「突然のことで、彼女も動揺しているのだろう。父親ヅラするつもりはないが、父親であることには変わりは無いと話をしていたところだ」
「本当に?」
椿が不安な面持ちで、こちらを見つめている。
私と優衣の間にあるただならぬ空気を、椿も感じているのだろう。
「蛍も驚くだろうな。妹が生きていると知ったら」
私は日本にいる蛍を思い出すと、微笑んだ。
「そうね。蛍君、ずっと一人で頑張ってきたんだもの。きっと喜ぶわ」
椿がにっこりと笑った。
「蛍って?」
優衣が椿に顔を向けた。
「優衣のお兄さんよ」
「ふうん」と優衣が興味なさそうに、頷くと私を一睨みした。
憎しみの感情が存分に感じられる視線を受け止めてから、私はぎこちない笑みを優衣に返した。
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