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カイルVS恵 PART2
「前回、すっかり手土産を忘れてしまったのでね。今回は忘れずに持ってきたよ」
私はイギリスで買ってきた紅茶の茶葉をテーブルにコトンと置いた。
「貴方って人は、面白い人だ。僕がこれしきの手土産で、トモキを返すとでも思っているのですか?」
「そういうつもりの手土産じゃない。家にあがるので、失礼しますよ……という意味の手土産だよ」
白いスーツに、ピンクのワイシャツを着ているカイルが、ソファに寄りかかると、足を組んだ。
さらりと揺れる金髪の髪をうしろへ流すと、じろりと私を睨みつける。
「また強硬手段? 僕と話している間に、トモキを連れ出すのかな?」
「いや。今日は部下を連れて来てないから」
「ではこの茶葉に毒でも盛られているのかな?」
「イギリスで買ったっきり、私は触れてもいないよ」
「じゃあ、どういうつもりでここに来たのかな?」
カイルが左の眉をピクリと引き上げた。
「上辺だけの関係に、心の籠ってない会話。だからマフィアは嫌い」
ソファの影に隠れていた椿が、スッと立ち上がった。
思いがけない椿の存在に、カイルが驚きの表情を見せる。
「ツバキ?」と、大きな声で呼びながら、カイルが立ち上がる。
一歩、二歩と足を出し、カイルが椿に近づいて行く。
逆に椿が、一歩、二歩と後づ去り窓枠に背中をぶつけた。
「ツバキ…ツバキ、どうして……ツバキだよね。なんでここに」
行き場を失った椿が、カイルに肩を掴まれる。
今にも、カイルにキスされそうな椿が必死に抵抗する。
「やめっ。離して、カイル!」
「どうして……。なんでここにいるの、ツバキは」
カイルが椿の両肩をがっしりと掴んで離さない。
「知っていたかい? 椿の名前が、『小森 椿』だって」
「え? コモリ?」
私の言葉に、カイルが振り返る。
私の顔を見てから、カイルが椿に視線を戻した。
「嘘……小森って。ツバキは、アズサの知り合い?」
「梓は、双子の姉。私は梓の弟だった。ごめんなさい。もっと正直に、カイルに話していれば良かったと後悔してる。でもあの時は、姉の話も、家の話もしたくなかった」
椿がカイルの腕から離れると、深々と頭をさげた。
カイルは信じられないと言わんばかりに、椿を見つめていた。
「久々の再会だろ? 積もる話もあるだろうから、私はこれで失礼しようかと思うんだが……」
私は立ち上がると、カイルの背中を見やる。
「トモキなら、一階の客間にいる」
「そうか。では連れて帰るとしよう」
「ああ。見送りはしない。勝手に帰ってくれ」
「そうするよ」
私はフッと笑うと、応接間をさっさと後にした。
こんなあっさりと、トモキを手放すとはな。椿の存在は凄い。
カイルにとって、蛍は椿の身代わりにしかすぎなかったということか。
私が廊下を足早に歩いていると、一人の男が近づいてきた。
「やあ、翔。智紀は元気にしているかな?」
「お久しぶりです。道元坂様。智紀様は今、一階の客間で、ゲームをしております」
「ゲーム? それは随分と優雅に過ごしているようだ」
「カイル様が、智紀様を客人として丁重に扱うようにと……」
私はクスッと笑った。
「智紀はどこに行っても、順応性があって羨ましいものだ」
私には生きる道が一つしか無くて、それ以外の生き方を知らないし、適応できるとは思えない。
が、智紀はどんな生き方もすぐにマスターしてしまう。
智紀は私がなんでもできる人間だと、思っているようだが、何でもできる人間は智紀のほうだと私は思うが……。
世界から怖れられているカイルに、人質にとられながらも、「客人」として丁重に扱われているとは、ね。
私が、智紀のいる部屋のドアを開けようとすると、「やった、勝ったぁ」という智紀の明るい声が聞こえた。
「俺の勝ちー。いやっほう」
ドアを開けると、飛び跳ねている智紀の姿が見えた。
どうやらカイルの部下を捕まえて、ボードゲームをしていたらしい。
「智紀、帰るぞ」
「え? あ、ああ……道元坂?」
まるで保育園に迎えに来た親の気分だな。
楽しんでいる我が子を連れ帰る……そんな光景だ。
「外国人相手に、人生ゲームとは……」
「だって、あいつらさぁ」と文句を垂れながら、智紀が私に近づいてきた。
「敵地に乗り込んできた感じが一気に失せたな」
私は智紀の笑顔を見て、肩をすくませた。
酷い目にあっていなければいい。少しでも早く、智紀を家に帰したい……なんて思っていたが。
案外、あと数日遅くても良かったかもしれないな。
私が海外に行って、必死にカイルの過去を漁った経緯なんて……どうでも良く見えてくる。
「全く。私の苦労なんて……」
「あ? なんか言ったか?」
「何でもない。家に帰るぞ」
「おう! 家に、蛍がいるんだろ? さっそく帰って、ゲームの続きをしないとな。この前は眠くなって、終わりにしちまったから」
「は?」
家に帰ったら、私との時間を楽しむんじゃないのか?
「なに?」
智紀が私の顔を見て、首を傾げた。
「無邪気な智紀は好きだが……少々、無邪気すぎるんじゃないのか?」
「なあ、道元坂。なんで俺がここで明るく過ごせたと思う?」
「は? 智紀が明るい性格で、まわりを巻き込んでゲームしてたからだろ?」
「違う。全然、違うね。何があっても、絶対に道元坂が俺を助けに来てくれるってわかってたから。だから安心して、ここで過ごせたんだ。そんで、俺の思った通り、道元坂が助けに来てくれた。まるで正義のヒーローみたいに、な」
智紀がにこっと笑って、俺の腕にしがみついてきた。
「サンキュ」と、智紀が小さい声で呟いた。
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