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小さな問題

ー智紀sideー 「ちょ……なんで、ホテルなんだよ。んっ、あ…」  俺は道元坂に、ホテルに連れ込まれた。  そんなに長い間、離れていたわけじゃねえし。お互い溜まってるわけでもねえのに。  なんで家に帰ってからじゃねえんだよ。  今日は気分を変えて……っていう雰囲気でも無さそうなのに。  どうして俺は道元坂とホテルで、エッチをしなくちゃいけないんだ。 「いろいろと諸事情を抱え込んだ」 「は? …んっ、ぁ、んん」  ぐっと道玄坂が身体の奥に入っていくる。 「ちょ…と待て、諸事情ってなんだ? ていうか、こんなことする前に、諸事情の内容を俺に話すべきだろ」  俺は素っ裸の道玄坂の胸を押して、距離を保とうとするが、ガンガンと攻めてくる道元坂に抵抗できなくなる。 「話すと長くなる。だから、その前に智紀を抱きたい。今は、智紀を愛したい」  嬉しい言葉だけど。  俺は愛される前に、諸事情の内容が知りてえよ。  どうせ、話せば俺としばらく会えなくなる…とか。  そういうことなんだろ?  俺をカイルのもとから助け出すために、いろいろとあったんだろうってことはわかるし。  仕事で、海外によく出かけるから。その類で、俺と離れるとかってことも有り得る。  俺、道元坂とけっこう長く過ごしているから、少しくらい会えないのには慣れた。  だから、いきなり抱かれる前に、話してくれよ!  話もせずに、道元坂の苦しそうな顔を見ながらセックスするほうが不安になる。 「しばらく智紀には、このホテルで過ごしてもらいたい」  道元坂に抱かれるだけ抱かれた俺は、ベッドの中で、有り得ない言葉を耳にした。 「は?」 「命の危険があるとか、そういうことじゃないんだ。今の生活に娘が慣れるまで……」 「は? 今、『娘』って言ったか? 蛍の他にも、子どもがいんのかよ」  それって……。また梓との子ってことだよな? 「娘が一人。梓に殺せと言われたが、私には出来なかった。当時、信頼できる人間が数少なかった私は……やっと思いで、娘を信頼できる人間に託した」 「それがどうして……」 「娘を育ててくれた人がカイルと繋がりのある人間なんだ。娘が日本での生活の拠点ができるまででいいんだ。いや……娘が独り立ちできるまでの間、支援したい。たぶん、娘を育ててくれた人は、カイルと一緒になるだろうから。そしたら娘の居場所がなくなる。だから……」 「それまでの間、俺はここで隠れていろと?」 「娘はいろいろと誤解している部分がある。いきなり16年間分の離れた空白を埋めるなんて出来ない。娘には少しずつ理解してもらいたいんだ」  すっかり父親の顔になっている道元坂を見て、俺は返す言葉を失う。  俺にはわからない世界の感情だから。理解できないし、理解してやらなきゃって気もおきない。  腹の中が、むかつきで苛々しているって言うのに。何も言い返せないのがたまらなく、悔しい。  俺には、家族の絆とか……そういうのを知らない。父親がどういうものなのかも、覚えてない。  父親と過ごした記憶も、ほとんど忘れている。父親の顔すら、思い出せない俺には道元坂の『父親』の部分がひどく憎らしく感じられた。  本当なら、恋人として一歩ひいた態度がベストなんだろう。  笑顔で、道元坂の良き理解者になり、親子の絆を取り戻そうとしている道元坂を支えるべきなんだろう。  頭では理解している。でも心では納得できない。  俺はどうなる? ホテル住まいをいきなり強いられることになった俺は……??? 「……わかった。俺はここに居ればいいんだろ」  俺は道元坂に背を向けて、布団をかぶった。  暴言の一つでも吐きだせたなら、俺の心はものすごく楽になるのだろう。  だからって思うがまま、暴言を吐くほど俺はガキじゃない。  苛ついた心を隠し、笑顔で見送れるほど大人でもないけど……な。 「智紀、娘との誤解が解けたら……」 「気にすんなよ。俺にはわからない世界なんだ。家族がどうとか、こうとか……。俺には兄貴しかいなかったし。その兄貴も、もういねえし」 「智紀……。智紀には悪いと思ってる」 「さっさと行けよ。娘が待ってんだろ」  俺は布団から手を出して、シッシと手のひらを振った。  道元坂がベッドから出ると、スーツに着替える音が聞こえた。  本当に行くんだ。俺を置いて……16年間も離れてた娘のところへ。 それは同時に、ずっと傍にいた俺よりも、16年間も離れていた娘のほうが大事だと言われたように俺には感じた。  俺の存在を隠して、家族ってやつを楽しむんだな。  俺にとったら、家族はもう……道元坂しかいねえのに。  道元坂にとったら、俺は家族じゃねえんだ。

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