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ただ愛を求めたゆえに
誰があんたなんかと番外編
ただ愛を求めたゆえに
『カイル、お前はマフィアのトップになるべくして産まれた男だ。それらしい振る舞いを常日頃から……』
ガクッと身体が落ちる感覚で、パッと僕は顔をあげた。
どうやら転寝をしていたらしい。
一人掛け用の腰かけに座ったまま、意識が飛んだようだ。
肘かけから落ちた腕を胸の前で組むと、丸テーブルに視線を落とした。
ちょうど誰かが、紅茶を淹れてくれたようで、カップがテーブルに置かれたところだった。
「お疲れのようですね」
カップの皿を持っている指先から、僕は視線をあげる。
美味しそうな紅茶を淹れてくれたのは、何年ぶりかに再会したばかりのツバキだった。
「昔の夢を見た。お祖父様の夢だ」
「そうですか」
ツバキは小さく相槌を打つと、スッと僕から離れる。
僕は慌てて手首を掴むが、力づくでツバキが僕から距離をあけた。
「ごめ……。急に離れるから」
「私は紅茶を置きに来ただけです」
壁際にさがってしまったツバキの背中を目で追う。
重苦しい空気をなんとか打破したい。けれど、ツバキには効果はない。
きっとツバキには、その意思がないんだ。今さら、僕とどうこうなろうなんて気はないのだろう。
いや、もともと僕たちはそういう関係では無かった。
ただ僕は一方的にツバキに想いを寄せていただけで。ツバキは、恋愛から程遠いところにいた。
「僕に抱かれるために来たんじゃないの?」
少しストレートすぎただろうか?
でもそういうつもりで、僕のところに来たはずだと僕は確信してる。
ツバキは、梓の弟で。蛍は梓の息子。
僕は蛍欲しさのあまり、道元坂 恵の恋人を誘拐し、監禁していた。
その場に、僕の想い人を連れてくるなんて、「抱いて良い」と言っているようなものだろう。
トモキとツバキを交換する。取引だ。
それをわかってて、ツバキはここに来たはずなのに。
僕に触れられるたびに、拒んでいる。ただ過敏に反応しているだけとは思えない。
「それとも僕の勘違いなのかな?」
ツバキがゆっくりと振り返ると、困った表情をした。
「カイルと蛍の話は、恵から聞きました。確かに私も、覚悟を決めて来たつもりでした」
ツバキが真っすぐに僕の顔を見る。ツバキの綺麗な瞳が、大好きだ。
「でも怖い。いざとなると、『無理』って思ってしまう」
「僕が嫌いだから?」
「嫌いだったらここには来ません。ただ怖いんです。今まで、植え付けられてきた経験が、前へ進もうとする私の心を酷く縛りつけてくるんです。だから、カイルがどうのこうのという問題じゃなくて、私に問題があるんです」
「僕から逃げたのは、ツバキに問題があったからってこと?」
ツバキがクスッと笑うと、「はい」と返事をした。
恋に焦る僕に嫌気がさしたのかと思っていた。
ツバキは僕より大人だったから。
初めて出会ったとき、僕はまだまだ子どもだった。それでも好きっていう感情は、強くて。
大人だったツバキには、それが重すぎて嫌がられたのだとずっと思っていた。
僕から何も言わずに姿を消し、探したけれども、いつもあと一歩というところで逃げられてしまう。
それで探すのを止めた。結局、逃げられてしまうのなら、探しても意味がないと思ったからだ。
「僕はツバキに触れたい」
僕はツバキに向けて手を伸ばした。
ツバキが「ふう」っと息を吐き出してから、僕に一歩二歩を近づいてくる。
「いきなり触られるのは苦手ですが、事前に行ってもらえるなら、たぶん平気だと思います」
ツバキが、僕の腕の中にスッと入ってくれた。
「事前に?」
「ええ。トラウマがあるんです。だから人に触れられるのが怖い」
「トラウマ」
「肩を見てもらえるとわかりますが、火傷があるでしょ? 姉さんからずっと執拗に暴力を受けていた証です」
「お姉さんって、アズサのこと?」
「はい」とツバキが頷いた。
シャツの隙間から見える火傷の傷痕が、痛々しく残っている。
当時は相当痛かっただろう。
「姉はいつもそうでした。自分より幸せなモノや愛されているモノには容赦ない仕打ちをします。その結果がこれです」
「そのせいで、急に触れられるのが怖いって?」
ツバキが僕から、ゆっくりと身体を離した。
「いつも、どこにいても姉の脅威がありました。国内でも、国外でも。イギリスに行けば、逃れられるかと思いました。全てをリセットできると思ってました……実際はできませんでしたけど」
ツバキが苦笑すると、近くにある椅子に腰を落とした。テーブルに手をのせると、僕の手を軽く握りしめた。
「カイル、辛い思いをするのは、私じゃなくてカイルのほうだとわかってますか?」
「わかってる。それでもツバキの傍に居たい」
ツバキがフッと嬉しそうに微笑んでくれる。その表情を見ただけで、僕は心の奥がホクッと温かくなるのを感じた。
『カイル、お前はマフィアのトップになるべくして産まれた男だ。それらしい振る舞いを常日頃から……』
ふと、お祖父様に言われた言葉を思い出す。
わかってるよ、お祖父様。
マフィアらしい振る舞いは忘れない。けど、好きな人と一緒に過ごすくらい大目に見てよ。
そうじゃなきゃ、僕だって母のように抜け殻だけの人間になってしまうよ。
父と無理矢理、別れるハメになってしまった母は人形のように意思のない人間になってしまった。
僕はそんな人間にはなりたくない。
好きな人と恋をして、マフィアの仕事もする。必ず両立してみせるから。
ツバキと一緒に、僕は生きる。
【ただ愛を求めたゆえに】終わり
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