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第4話
翌日、いつものように出勤した臣人 は、引き継ぎ資料をもって新入社員の石田の元へ向かった。
設計図と、使用部品のまとめ。
特殊仕様の部分は特に詳細に書いてある。
「・・・・・・で、ここの部分だけ他より支柱が細くなってて、折れやすいから・・・・・・」
「はい、分かりました」
石田は真面目で物静かな男だ。
新入社員といっても同業からの転職で、臣人の会社に入ってからもすでに半年以上が経過している。
今までの仕事ぶりもしっかりしているし、資料だけ渡して分からないところを聞いてくれるだけでも十分なくらいだ。
問題は――
「河鹿 さんって、お昼12時からですか?」
昨日に引き続き、鮫洲 が臣人の前に現れることである。
「そう、ですが、」
「固定?」
「はい」
「じゃあ一緒に食べましょう」
「・・・・・・え?」
臣人は信じられない物を見たように、鮫洲の顔を凝視する。
「持ち弁ですか買い弁ですか食堂ですか?」
「持ち・・・弁?です」
「じゃあ俺弁当買って12時にまた来ますんで、ここにいて下さいね」
にっこりと微笑んで、鮫洲は開発部署のある棟へと去っていった。
臣人は呆然と立ち尽くす。
「あの開発の人と仲良いんですか?」
動かない臣人を気遣って、石田が声をかける。
「・・・・・・いや、わからない」
「そうですか」
後はよろしく。
石田にそう言い残して、臣人はふらふらとおぼつかない足取りで自分の作業スペースへと戻っていった。
(あいつ何なんだ・・・・・・)
臣人はまたしても午前の業務に集中できず、このまま12時にならなければ良いと思い続けた――
12時を5分ほど過ぎた頃、鮫洲が工場へ現れる。
手には会社近くの弁当屋の袋。
「良かった、待っててくれて」
「約束、したし」
(これで無視して気を悪くされたら仕事に支障が出るだろう。)
余計なトラブルを起こしたくない。
そのためなら臣人は少しくらいの面倒は我慢することにしている。
「いつもどこで食べてるんですか?」
「・・・・・・自分の作業場で」
「じゃあそこにしましょ」
「・・・・・・へ」
てっきり皆が集まる外のベンチに連れ出される物だと身構えていた臣人は、拍子抜けした声を出した。
「もしかして自分のスペースに入られるの嫌ですか?」
「い、や、別に・・・・・・大丈夫」
「良かった」
臣人がいつも使う道具を収めるワゴンの天板をテーブル代わりに、二人は弁当を広げた。
給湯室で煎れて来たお茶を、鮫洲に渡す。
「ありがとうございます」
鮫洲は笑顔で受け取ると、一口すすり「うまい」と小さくつぶやいた。
「今日は、スーツじゃない、んですね」
鮫洲の格好を眺めて、なんとなく疑問を口にする。
昨日とは違って、シャツにvネックのセーター、デニムとずいぶんカジュアルだ。
「スーツは社外の人と合う時だけですよ。昨日は発注先との打ち合わせもあったから」
「そう、なんですね」
「俺何度か私服でこっちに来てるんだけどな~。見覚えないです?」
「え」
見覚えは、無い。
そもそも臣人は一日の大半を機械に向かって過ごしている。
顔を上げて工場を見渡す事すらほとんど無い。
見ることがあるとすれば、主任がスーツの社員を連れ立っている時だけだ。
その時は、どうか自分の所に来ないようにと祈る気持ちで見ていた。
鮫洲を見かけたことがあるのも、そんな時である。
「・・・・・・すみません」
「ふは、良いですよ、俺も河鹿さんの顔ちゃんと見たの昨日が初めてだし」
鮫洲は笑顔を崩さない。
どうしたらこんなに爽やかに笑えるのだろうかと、臣人は不思議に思った。
「お弁当、いつも作ってるんですか?」
鮫洲は興味津々といった様子で臣人の弁当を覗き込む。
「・・・・・・・はい」
「へぇすごい!料理好きなんですか?」
「いや、好きじゃ、ないけど」
「節約?」
「・・・・・・そんなところです」
本当は店や食堂で店員と話すのが嫌だから、仕方なく弁当を作っているのだが、きっと鮫洲には理解できない気持ちだろう。
臣人は適当なところでうなずいた。
「へぇ、俺もたまに自炊するんですけど、一人分の食材って結局高くつくし、量も作りすぎちゃうんですよね」
「それは俺も、思います」
「ですよね!あ、でも作りすぎちゃったときは呼んでくださいよ!河鹿さんの飯食べたいです」
「・・・・・・う、家はちょっと」
明らかに動揺した臣人を見て、鮫洲はハッしたように笑顔を引っ込める。
「すみません。ちょっと調子に乗りました」
謝りながら、あの眉尻をさげ口角を上げるという複雑な表情をする鮫洲に、臣人は少し胸を痛めた。
「いえ、大丈夫、です」
臣人の言葉にホッとしたのか、鮫洲は再び笑顔に戻る。
「これからも、お昼ここに来て良いですか」
「・・・・・・」
鮫洲の問いに、臣人は一瞬考える。
嫌ではあるが、断る口実が思いつかない。
「・・・・・・はい」
少しの沈黙の後、臣人は肯定の返事をし、鮫洲は嬉しそうに笑った――
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