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第5話

鮫洲(さめず)臣人(おみと)の元を訪れるようになってから一週間。 今日は夕方から設計についての会議があった。 臣人の作った仕様書を元に、オペレーターが図面作成ソフトで起こした設計図を、臣人と鮫洲、営業の三崎(みさき)で囲む。 本来はオペレーターも同席してほしい所だが、臣人が図面作成ソフトを使えるからと、後の調整を引き継いで他の案件へ回されてしまった。 今回は設計図を確認しながらソフト面の仕様を詰める。 しかし、臣人と鮫洲はこの一週間、昼休憩の間に雑談がてら仕様を固めていたため、ほとんど三崎への説明となった。 「てゆか、いつの間に仲良くなったの」 三崎がメタルフレームのメガネをかけ直しながら二人を見る。 「一週間前から」 ふふん、となぜか得意げに答える鮫洲。 「あー。そういえば飲み行くとか言ってたね」 実際には飲みに行っていないのだが、どうやら三崎は一人納得したようだ。 「こいつ、面倒くさくないですか?」 三崎が鮫洲を指差しながら臣人に問う。 「いえ、特には・・・・・・」 最初の数日はため息が出るほど面倒くさかったが、鮫洲と昼を共にすることにもだいぶ慣れた。 その事に、臣人自身も少し驚いている。 「面倒くさいってなんだよ!」 「よくしゃべる上に声でかいしついでに体もでかいし。」 「体がでかいのは絶対関係ないだろ!だいたい180センチくらい結構いるし」 「あ~まぁ確かに。態度がでかいから体も大きく見えんのかね」 「おまっ」 「ふっ」 鮫洲が言い返そうとしたとき、かすかに噴き出す声が聞こえた。 三崎と鮫洲が同時に臣人を見る。 「あ・・・・・・」 思わず笑ってしまった事と、二人が振り向いた事に動揺する臣人。 そんな姿を凝視しながら、鮫洲が自身の口に手のひらをあてる。 「河鹿さんの笑い声、初めて聞いた・・・・・・」 「えっ?!」 鮫洲の言葉に驚いた三崎の声が、会議室に響いた―― 会議を終えるとすでに定時を過ぎており、会議室のある棟から工場を見ると、半分ほど明かりが落とされている。 窓には小さいが雨粒が打ち付けた跡があり、外は弱い雨が降っている事を示していた。 会議室を後にして玄関にたどり着く頃には、雨の勢いはさらに増しており、臣人は思わず暗い空を見上げる。 「うわ、結構降ってますね」 「うん・・・・・・」 鮫洲が隣で呟いた言葉に同意を返す。 「傘、持ってます?」 「いや」 「なら送っていきますよ。俺折りたたみ持ってますし」 「え、それは・・・・・・」 申し訳ない。そう言おうとした臣人を待たず、鮫洲は質問を畳み掛ける。 「河鹿さん家は社宅ですか?」 「・・・・・・はい」 「じゃあ駅に向かう途中だし、ついでだから気にしないでください」 「・・・・・・」 黙って鮫洲を見上げると、彼はそれを肯定と取ったのか、鮫洲は早速カバンから取り出した傘を広げた。 「いったん工場戻りますよね?」 こくりと頷き、臣人は促されるまま傘の下に入る。 鮫洲のやさしさに関心しつつも、『面倒くさい』という三崎の言葉に妙に納得してしまう臣人であった。 しとしとと雨が降る中、小さな折り畳み傘の下に男二人で並んで歩く。 季節は秋に入ったばかり。 厚い上着は要らないものの、作業着でも少し肌寒さを感じるほどである。 臣人の住む単身者用の社宅まで歩いて10分ほどだが、すでに片方の肩は冷たくなるくらいに濡れていた。 それでも、肩しか濡れていないということは、傘の面積のほとんどは臣人が専有していたということだ。 臣人がそのことに気づいたのは、社宅の前に着いて傘から離れたときだった。 「すみません、傘。」 自身の肩辺りを見ながらかけられた言葉に、鮫洲はあわてて言い訳をする。 「いや全然このくらい!平気です!」 「タオル持ってくるんで、こちらで待っていてください」 臣人は社宅入り口の屋根のある所に入るよう、鮫洲を促す。 「そんな、大丈夫ですっ、送るって言ったの俺だ・・・っくしゅ!」 「・・・・・・お茶、飲んでいってください」 話途中でくしゃみをしたのを見かねて、臣人は鮫洲を部屋に誘った。 臣人の部屋は、社宅といっても会社が所有しているだけの普通のアパートである。 築年数は古いが、鉄筋コンクリート造で1DK、風呂トイレ別で脱衣所着きでそこそこ住みやすい。 鮫洲にタオルを渡すと、リビングのソファに座っているよう言いつけて、臣人はお茶を入れるため台所に向かった。 キッチンとリビングはカウンター付の穴の開いた壁で仕切られており、キッチンからリビングを見ることはできるが、コンロは仕切り壁の反対側に設置されている。 臣人はリビングに背を向けて、ケトルをコンロの火にかけた。 確か引き出しの奥に開けていない緑茶があったはず。 そう思って引き出しを漁るが、見つからない。 仕方なくインスタントのコーヒーで良いか聞こうとリビングに目を向けたとき、臣人の動きが止まった。 鮫洲の姿が見えない。 (まさか) 最悪の事態に思い当たり、臣人は急いでキッチンを離れた――

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