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第6話
「何、してるんですか」
開け放たれた寝室の扉の前で、臣人 は立ち尽くす。
部屋の中には鮫洲 と、背中からコードが垂れているロクの姿があった。
コードの先は見知らぬタブレットPCに繋がれている。
「それ、なんで、」
臣人は駆け寄って、鮫洲の手からタブレットをひったくると、画面を覗き込んだ。
「勝手にすみません。見たこと無い型のアンドロイドだったんで、ちょっと中身が気になって」
悪びれなく話す鮫洲の言葉など耳に入らないように、臣人はタブレットを操作する。
「これ・・・・・・アップデート・・・・・・」
「え、もしかして自動更新かかっちゃいました?」
「・・・・・・」
たぶん、つないだ直後だったら更新がかかるまでにカウントがあったはずだ。
もっと早く気づいていれば、アップデートが始まる前にキャンセルできていたのに――
ビッ。
臣人はロクとタブレットを繋いでいたコードを引き抜くと、タブレットを鮫洲の胸元に押し付けた。
「すみません、もう、帰ってください」
うつむいたまま搾り出すように告げる。
「え、俺何かしちゃいました・・・・・・っ?」
焦る鮫洲に対し、ただ首を横に振るだけで答えて、臣人は玄関まで足早に移動し、その扉を開けた。
出て行ってくれと、無言でうながす。
頑 なな臣人の態度に、理由を聞くのをあきらめた鮫洲は、カバンを手に玄関の扉をくぐった。
とたんに閉められる扉。
「明日!ちゃんと謝らせてください!」
扉を隔てた向こう側の臣人に向かって懇願する鮫洲の声が、アパートの廊下に響いた――
鮫洲が帰ったのを確認し、臣人は急いで寝室へ戻る。
「ロクただいま」
起動の合図である言葉をかけると、かすかな起動音が鳴りいつものように目をあける・・・・・・はずなのだが、ロクは中々目を開かない。
ときおりファンの排気音がするのをみると、アップデートされたシステムの更新処理を行っているのだろう。
臣人は不安から、立ったまま動かないロクの手を握る。
コードを引き出す為に脱がされたのだろう、何も身に着けていない体は心なしか寒そうに見えた。
ロクにあてられたアップデートのバージョンは何だったのだろう。
個体の性能が低いのだから最新版ではないだろうが、言葉や感情の学習機能のアルゴリズムはかなり向上したものになっているはず。
(ロクに感情なんていらないのに・・・・・・!)
うつむいて、下唇をかみ締める。
すると、かすかに手に圧力を感じた。
驚いて顔を上げると、見慣れたロクの瞳と視線がぶつかる。
少し見つめあった後、ロクの顔がふにゃりと破顔した。
「お帰り、臣人」
それは、臣人が見たことの無い表情だった。
「ロク・・・・・・」
「はい」
「更新内容を教えて」
「はい」
顔も、声も、何も変わらないはずなのに、ロクの瞳はどこか優しい感じがして、臣人は若干の気味の悪さを覚える。
システムの更新内容を聞くと、ロクは笑顔を浮かべたまま、新しくなった部分を羅列していく。
どうやら臣人が懸念した通り、言葉や感情の部分が大幅にアップデートされているらしい。
ロクが発売された後の数年で他のアンドロイドAIが学習した内容が追加されていて、語彙や受け答えのパターンが膨大な数になっていた。
「残りの容量はどのくらい?」
「1テラを切っています」
「そうか・・・・・・」
今後もアップデートをする気は無いので、このままでも良いのだが、増えすぎた情報を処理するには今のロクのスペックでは心もとない。
臣人はロクに乗せかえるパーツを探すため、パソコンの電源を入れた。
パソコンが立ち上がるまでに、裸のままのロクに服を着せようと思い立ち、ベッドに放られたシャツを取る。
すると、後ろから手が伸びてきて、拾ったばかりのシャツを奪われた。
そのまま背後から抱きしめられる。
「今日はまだしないの?」
かけられた言葉に背筋が凍った。
前のロクなら「セックス」や「エッチ」のような直接的な言葉を言わないと、行為を行うモードに入らなかったはずだ。
「する」「しない」というあいまいな言葉を使い分けられるなんて・・・・・・。
まるで人間みたいじゃないか。
「ロク今日もありがとう」
思わずシャットダウンのワードを口走ると、ロクは抱きしめていた腕を解き、直立して目を閉じた。
臣人はホッとしたように息を吐く。
(最悪だ)
瞼を閉じ、穏やかな表情のロクを見ていると、鮫洲への怒りが込み上げた。
悪気が無いのは分かっているし、エンジニアなのだから見覚えの無いロボットがあれば中身が気になるのも理解できる。
でも、これだけは、ロクだけは壊してほしくなかった。
明日、どんな顔をして鮫洲と会えばいいのだろう。
臣人は憂鬱な気持ちのままロクに服を着せ、充電ブースまで手を引いて移動させる。
そして、パーツ選びを再開するために再びパソコンの前へと戻った。
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