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第7話
次の日の昼、臣人 は鮫洲 が現れる前に、会社から少し離れた公園へ移動した。
同じ案件を受け持っている以上ずっと避け続けることは不可能であるが、今はどうしても会いたくない。
会えばロクの事を思い出すし、思い出せば恨みが募る。
せめてあきらめが着くまで、一人で過ごしていたかった。
「っっっはあぁぁ・・・・」
会社の社食である食堂から、大きなため息の音が聞こえる。
ため息の主は、ここしばらく社食を利用していなかったはずの鮫洲であった。
「うっぜ」
メタルフレームのメガネの奥から、薄い茶色の瞳が軽蔑するような視線を向ける。
瞳の主は営業部の三崎 創 。
「絶対、100パー嫌われた・・・・・・」
「あっそ」
ため息を一つ追加した鮫洲から視線を外し、三崎は本日の日替わりランチである和風おろしハンバーグに箸をつける。
「てか本気だったんだ?」
「・・・・・・」
軽く問われた言葉に、鮫洲は顔を上げ、三崎を見た。
「本気になるとは思わなかった」
鮫洲が他人事のようにつぶやく。
「最初はただ、真面目そうで潔癖そうで・・・・・・俺の周りにいないタイプだったから、気になっただけで」
「で?」
「昨日、お前と三人で打ち合わせした後、河鹿 さんの家に行ったんだ」
「ふーん・・・・・・って、え?家?」
「うん。昨日雨降ってただろ?河鹿さん傘持ってなかったから社宅まで入れてあげたんだけど」
「お、おう、なんだそうか」
家、という単語に驚いた三崎は、理由を聞いて自分の想像とは違ったことに安堵した。
「俺が結構濡れちゃったから、お茶出してくれるって言ってくれて・・・・・・」
「良かったじゃん」
「河鹿さんの部屋にセクサロイドがあったんだ」
「ぶっ!」
突如としてぶっこまれた、話の流れに見合わない単語に三崎は思わず噴き出す。
「まじ?」
あまりに唐突だったので、改めて確認せずにはいられない。
それに対して鮫洲も神妙な面持ちで答えた。
「まじ。」
「っへー・・・・・・」
三崎から見ても意外だったのか、なぜか関心するように相槌をうつ。
「かなり古い型だったからさ、最初はただ捨ててないだけの会話用アンドロイドかと思ったんだよ」
「うん」
「アレ目的のだとは思わなくて、俺自分の端末繋いで中身みちゃった・・・・・・」
「・・・・・・うわ」
それは無いわ。と、軽蔑するような、それでいてかわいそうな物をみるような目で、三崎は鮫洲を見つめる。
「俺がやっちゃいけない事をした自覚はあるんだ。あるんだけど・・・・・・」
鮫洲は三崎の視線から逃れるようにそっぽを向く。
「あんな潔癖そうな顔して、いつもあれに抱かれてるのかと思うと・・・・・・めっちゃ興奮した」
最後の言葉は小声であったが、三崎の耳にはしっかり届いていて、三崎は今日一番の侮蔑の視線を鮫洲に送った。
「一生嫌われてろ」
本気になった理由があまりにもくだらない物で、拍子抜けした三崎は昼食のハンバーグへと視線を戻す。
「え、やだやだ。仲直りすんの協力しろよ」
「なんで俺が」
「俺と河鹿さんが仲悪いままだと仕事に影響が出るだろ」
「仕事に私情持ち込むなよ」
「よくいう」
「・・・・・・」
返された言葉に、三崎は昼食の前から顔を動かさず、視線だけを鮫洲に向けた。
「何が言いたい」
「一緒にいたくて自分の会社に転職させたくせに」
「あれは優秀だから、あそこで腐らせるのはもったいないと思っただけだ」
「付き合ってるんだろ」
「会社のためになっている」
「俺の協力のおかげでな」
にっこり。
ただ表面だけを見れば、好感の持てる笑顔だが、その真意を知っている三崎は不快そうに眉をしかめる。
「・・・・・・しょうがないな」
しばし見詰め合ったあと、ため息をつきながら、三崎は鮫洲と臣人の仲直りに協力する事を承諾した。
「河鹿さん、今大丈夫ですか」
そう話しかけてきたのは、先日臣人が仕事を引き継いだ新人社員の石田である。
「あ、はい、なにか・・・・・・」
声をかけられて、臣人は機械から顔を上げた。
「ここの刃の角度なんですが・・・・・・」
話の内容はどうやら先日引き継いだ案件の仕様についてのようだ。
「ああ、その部分は硬度を増すために混ぜているダイヤモンドの含有率が・・・・・・」
仕様書を間に挟み、問題の箇所を指差しながら質問に答える。
数回受け答えをし、石田は納得したように頷いた。
「ありがとうございます」
「いえ」
石田は臣人に向かって頭を下げると、自身の作業ブースへ体を向けようとした・・・・・・が、何かを思い出したように再び臣人に視線を戻す。
「そういえば、最近あの人見ませんね」
「・・・・・・あの人」
「はい、開発の」
「あ、うん、そうだね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
黙り込んだ臣人に、これ以上この会話はしたくないのだろうと察した石田は
「失礼しました」
ともう一度頭を下げて、自身の作業ブースへと戻っていった。
去って行く石田の後姿を見ながら臣人はため息を吐く。
あの一件があってから、すでに三日がたっていた――
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