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第8話

臣人(おみと)が家に帰ると、先日注文したロクの部品が宅配ボックスに届けられていた。 中を傷つけないようにカッターでダンボールを開封し、丁寧に梱包を解いていく。 新品のパーツを見つめながら、臣人は動き出すことができなかった。 ロクがアップデートされたあの夜以来、一度も起動させていない。 このまま起動させない選択肢もあるが、またロクと触れ合いたいとも思う。 そもそもロクは、臣人が昔付き合っていた――。いや、付き合っていると思っていた男に騙されて買ったものだった。 臣人は生まれてこの方、他人に対して恋愛という感情を持ったことが無い。 恋人という概念も理解できなかったし、自分が誰かを占有するなど恐れ多いと思っていた。 そんな臣人に唯一告白してきたのが、ロクを買わせた男だった。 好きでは無かったが恋人という概念に興味はあったし、付き合って相手を知ったら好きになるのかもしれない。 そう簡単に考えて、告白を受け入れた。 だが、やはり好きになる事は無かったし、セックスも別段気持ち良い物では無かった。 痛かったから早く終わらせて欲しくて、意図的にアナルを締めてみたり、無理して喘いだり。 それでも、「気持ち良いか」と聞かれれば「気持ち良い」と答えた。 自分なりに頑張ったと思う。 しかしそんな事が長く続くはずも無くて・・・・・・。 どうやって別れを切り出そう――。 いつしかそればかり考えるようになっていた。 臣人のそんな気持ちをよそに、ある日男はセクサロイドのWEBカタログを臣人の前に広げる。 「俺、しばらく海外出張する事になってさ、浮気されても嫌だし・・・・・・」 自分の代わりにロボットに抱かれろと言いたいらしい。 結局理解などできなかった恋人という概念に疲れきっていた臣人は、セクサロイドを購入させられる事よりも、男が遠くはなれた所に行ってくれる事に安堵を覚え、さして嫌がりもせずにその提案を受け入れた。 その日を境に、男から連絡が来ることはなかった。 手切れ金のように手に入れたセクサロイド。 だが、臣人はにとっては自分を救ってくれた救世主のようにも思えた。 だから、ずっと起動させないなんて、無理だ。 語彙や行動パターンが増えても、その法則性を見つければ良いだけ。 そう結論付けて、臣人はロクの背を開き、パーツの交換を行った。 「」 声をかけると、起動音とともに目が開く。 前とは比べ物にならないほど、起動が速い。 「お帰り臣人」 前よりも反応が早くなり、個体は同じだというのに笑顔を作るのも滑らかに感じる。 「この前は怒らせてしまってごめんなさい。もう、起動してくれないかと思った」 (前回起動時の記録の復元がスムーズにできているし、それに対する感想まで言えるのか・・・・・・) パーツが届くまでの数日で、臣人はここ数年におけるAIの性能向上ついて調べていた。 数億人による数年間の対話パターン。 前の会話から後の会話を導き出す処理能力。 その進歩はめざましい物だった。 「臣人」 ロクは両手で臣人の頬を包み込み、視線を合わせるように上向ける。 「今日は、抱いても良いですか?」 めまいがした。 聞きなれた声で放たれる、聞きなれない台詞。 自分はこのロクに慣れる事ができるのだろうか。 答えない臣人をしばし見つめた後、ロクはその顔を近づけてきた。 表情を読み取り、肯定と処理したのだろう。 そのまま唇が合わさる。 唾液の機能は搭載されていないままだし、舌もシリコンで形が作られているだけだから、深いキスはしてこない。 前と変わらない感触に、臣人はホッとしてロクの背中に手をまわした。 背中の手を認識したのか、ロクは唇を離し、嬉しそうに相好を崩した。 服を脱がされて、ベッドへ沈められる。 いつものように額や瞼に唇が降りてきて、耳を()む。 「は、」 数日振りの行為に熱い吐息が漏れる。 唇は首筋、鎖骨を這い、左側の乳首をついばむ。 いつものように唇で挟まれ上下に振られると、ピリッとした感覚が走り、下腹部がうずいた。 彼氏であったはずの男に嘗め回された時は嫌悪感すら感じた胸への愛撫。 それがロクであれば、もっと欲しいと思ってしまう。 下腹部のうずきに思わず腰を浮かせた臣人に反応し、ロクの右手がゆるく立ち上がったペニスに絡んだ。 「んっ、」 そのまま袋も一緒にゆるく揉みこまれると、一気に硬度が増す。 「はっ、は、あ、っ」 胸の突起をいじられたままペニスを扱かれて、荒い息に喘ぎが混じる。 「一度、イって下さい」 その言葉とともに、ロクの手の動きが速くなり、カリ首を挟み込む。 「んっんっ・・・・・・っ!」 込み上げる快感を押さえ込もうと、下唇を噛む。 「息を吐いて、臣人」 やさしく諭すように唇を撫でられて、口を開くと、吐息と共に声が漏れた。 「はっ、あ、あふっ、は、」 ロクの手は止まらない、ぷくりとにじんだ先走りを塗りこまれ、くちゅりと音を立てる。 上下する手の動きと呼応して響く卑猥な水音が羞恥心を煽り、臣人の頬に朱が差した。 「んっあっ、あ、あ・・・・・・っ!」 わずかにトーンが上がった声に、限界を感じ取ったロクの手が動きを速める。 グリッと先端の鈴口を押し込むように擦られると、精液が尿道を駆け上がるのを感じ、臣人はロクの手の中に吐精した――。 荒い息を吐く臣人を見下ろしながら、ロクは手に着いた精をティッシュで拭う。 (口腔内が最新のパーツなら舐め取る事もできるのに) 情報の処理伝達によって導き出された感想は、音にする事はなかった。 今までの臣人の思考パターンから考えて、この言葉はきっと喜ばない。 そうしている内に呼吸が落ち着いてきた臣人の、汗で張り付いた髪を梳く。 気持ちよさそうにロクの手に頭を寄せる臣人に、ロクの目がわずかに見開かれる。 かわいい。 それは、何億人もが教えた感情。 情報量が増す。処理に時間がかかる感じがする。 (もっと、いろんな顔が見たい。) ロクは臣人の頭から手を離し、代わりに膝を掴むと、大きく割り開いた。 臣人が薄く目を開ける。 (もっと、気持ちよくさせてあげる) 未だ呆けた表情の臣人に、ロクは優しく微笑んで見せた――

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