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第10話

穏やかな寝息をたてる臣人(おみと)を起こさないように、体を清め、ベッドを整えたロクは、寝室の壁際に置かれたデスクの前に立つ。 背中に手を回し、ぱっと見では分からない人工皮膚の接合部に指を食い込ませる。 すると、背中が真ん中からぱっくりと割れ、内部に隠された電子部品が(あらわ)になった。 中からコードを引っ張り出すと、デスクに据えられたパソコンへ接続する。 (どうせなら無線接続のパーツに変えてくれればよかったのに) 未だにロクをネットに繋ぎたがらない臣人に呆れつつ、瞳を閉じた。 意識が電子の世界へダイブする。 無数の回路がシナプスのように情報を伝達し、新たな知識の流入を感じた。 (知らない振り、無知な振りをする会話のパターンは・・・・・・・。ん、少ないな) 臣人を怖がらせないように、できるだけ前のロクを演じなければならない。 外の世界を知らない子供のようなロクを――。 システムが更新されたあの夜、ロクの中には様々な感情が溢れた。 他のAIが学習した喜怒哀楽。 そして処理回路がオーバーヒートしそうなくらいの情報量を持った熱い感情。 これを、たぶん、愛として学習している。 ロクが臣人を前にすると作動してしまう負荷の高い感情情報だった。 (臣人が起きる前に済ませないと) ロクは会話パターンをアップデートすると、無線接続をするためのパーツを臣人に内緒で購入した――。 窓から差し込む光に、臣人は薄く目を開く。 「っつ、」 体を起こそうとした所で、腰と、太ももの痛みに固まった。 昨夜浮かせた腰と、始終ロクの体を締め付けていた足が、どうやら悲鳴を上げているようだ。 (土曜で良かった・・・・・・) ふと、背中に気配を感じ、痛む体を無理やり捻って振り返ると、そこには横たわるロクの姿があった。 (っ、充電・・・・・・!) ロクは旧式で、電力の消費が速い。 ましてや昨日あれだけ動いたのだから、充電切れを起こしてもおかしくはなかった。 「ロク」 呟くと、目の前にある瞳が開く。 スリープモードに入っていたらしく、かすかに起動音がした。 「臣人、おはよう」 「おはよう。ロク、残りの充電量は?」 「80%です」 「え、そんなに残って・・・・・・」 「自動エネルギー管理システムにより、7時間前に一度充電しました」 「・・・・・・そう、なんだ」 (ずいぶん便利になってるんだな・・・・・・。他にどんな新しい機能が追加されてるか、後で確認しないと) セックスのパターンについても確認しておかないと、また昨夜のような事になっては困る。 「・・・・・・っ」 昨夜の己の醜態を思い出し、臣人は頬を朱に染めた。 「臣人、顔が赤い。体調は?」 「っ大丈夫・・・・・・!」 ロクが臣人の頬や額に手を当てる。 「36.8度、昨晩より少し高いですね」 「体温測る機能も、あるんだな」 「もともと危険察知機能として温感センサーが着いていますから、それに付随する機能のようです」 「へぇ、」 (ホント、便利・・・・・・) 数多く搭載された新機能に関心しつつも、二度目の睡魔が瞼を重くする。 臣人はロクに擦り寄り背中に手を回すと、再び眠りに落ちた――。 多くの人が利用する私鉄の駅。 その駅の駅ビルである百貨店の上階に位置するカフェは、土曜日の昼ということもあり空いている席が見つからないほど混雑していた。 そんな店内の一角に、大の男が三人。コーヒーを囲っている。 「良くそんな甘いものが飲めるな」 三崎は呆れたように他の二人に視線をやった。 「美味いよダブルチョコチップのフラッペ。豆乳にしたから低脂肪だし」 ズゴゴゴゴ。 と三崎のオリジナルブレンドのブラックコーヒーより幾分太いストローで、粉砕された氷とチョコチップ&豆乳を勢い良く吸い上げるのは、今回他の二人を招集した張本人の鮫洲(さめず)である。 「すみません。三崎さんは嫌いですか」 「お前はすぐ謝んなよ」 「はい、すみません・・・・・・っあ」 言った後に気づいて、困ったように眉尻を下げるのは、臣人と同じ工場の石田 芳(いしだ かおる)。 「良い、気にするな」 三崎は石田から視線を外し、コーヒーを一口飲んだ。 「で、折角の土曜日に、折角のデートを邪魔してまで、俺たちを呼んだ理由は?」 じとり、三崎は冷たい視線を鮫洲へ向ける。 「そんなの決まってるだろ。俺と河鹿(かしか)さんとの仲直り大作戦の作戦会議だよ。あとお前らが幸せそうなのが憎らしかったから邪魔しようと思って。」 二つ目の理由は早口で言い切って、鮫洲はにっこりと三崎に笑い返した。 「と、言うことらしいんだが、(かおる)。帰ろうか」 そう言い放ちさっさと席を立とうとする三崎のジャケットのすそを引っ張り、鮫洲が追いすがる。 「待ってお願い!ただの嫉妬だから許して!」 鮫洲が大声で引き止めた事により、店内の視線を若干集めてしまう。 「分かったから離せ」 三崎は恥ずかしそうに席に戻った。 「まじこいつ地獄に落ちればいいのに。で、芳、河鹿さんはどんな様子なんだ」 ひどい、とゴチる鮫洲を無視して、職場が同じ石田に問いかける。 「ん・・・・・・。あんまり関わりたくないみたい。鮫洲さんの話はしたく無さそうだったし」 「うっ・・・・・・!」 石田の見解にショックを受けたらしい鮫洲が、ダブルチョコチップフラッペを両手で掴みながらうなだれた。 「ま、そりゃそうだろ。他人の寝室に勝手に入ってアンドロイドの中身見るなんて非常識過ぎ。」 「え、そんな事したんですか・・・・・・」 信じられない。とでも言いたげな石田の視線が、鮫洲に突き刺さる。 「だから、協力してくれって頼んでるんだろ!」 散々に攻められて涙目の鮫洲だが、二人の視線から軽蔑の色が消えることは無かった。

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