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第11話
「もう一度、笑って欲しいんだ」
あの時みたいに。
うつむき、呟いた鮫洲 の視線の先には、両手に包まれて溶けていく微細な氷達。
結露して、次々と現れては落下していく水滴は、カップの底に小さな水溜まりを作った。
そんな鮫洲の向かい側で、石田は驚いたようにわずかに目を見張る。
「笑ったんですか?河鹿 さんが……」
「ん?うん。」
石田の問いかけに、鮫洲は顔を上げた。
「笑ったっつか、噴いた?コイツの馬鹿さに」
三崎の人差し指が、鮫洲を差す。
「へぇ、すごい」
「馬鹿とは何だ、ってか石田ちゃんも納得しないで」
「ちゃん付けすんなよころすぞ」
鮫洲のツッコミは三崎からの鋭い牽制で遮られる。
「いえ、俺、半年一緒に働いてるけど、河鹿さんが笑ったの見たことないんで」
「え、まじ?」
「はい、というか、目を合わせてもらったのも数えるくらいだと思います」
「うっわコミュ障、俺苦手だわー」
片眉をひそめる三崎。
そんな三崎の反応とは裏腹に、鮫洲は目を輝かせた。
「それってオレの事好きなんじゃない??」
「それは無いと思います」
勢い、上半身をテーブルに乗り出した鮫洲に、石田は真顔で答える。
「うっ」
鮫洲は肩を落として引っ込んだ。
「どうしたら好きになってもらえるんだ・・・・・・?いや、好きになってもらえなくてもいい。前みたいに一緒に昼が食いたい・・・・・・」
「それが良いんじゃね?」
「え、」
いきなりの肯定に、鮫洲は声の主である三崎に顔を向けた。
「いや、だからさ、河鹿サンが昼どこにいるか探 って、謝れば?」
「探るってどうやって・・・・・・」
三崎にうろんな視線を向ける鮫洲に、今まで考えるような仕草をしていた石田がふと納得したように顔を上げる。
「休憩時間になったら、俺が河鹿さんの後をつけます。場所が分かったら鮫洲さんに連絡しますよ」
「おお、まじか!助かる!」
「またお昼一緒に食べられるようになっても、焦って告白したら駄目ですよ」
「え、何で」
心底分からないと言うような表情の鮫洲に、三崎が横から口を出した。
「河鹿サン、好かれると逃げそうだもんな」
「ええっ!?」
「うん、好意を向けられるの、苦手なんじゃないかな。」
「そんな・・・・・・」
「河鹿さんにとって、鮫洲さんがいるのが当たり前になるくらい、根気強く通うのが一番だと思います」
「・・・・・・」
石田の話を聞いて、鮫洲はしばし考え込む。
ややあって、勢い良く顔を上げると、その表情はスッキリとした物になっていた。
「分かった。二人の言う通りにしてみる。ありがとな」
いつもの爽やかな笑顔に戻った鮫洲に、三崎は呆れたような微妙な笑顔を返し、石田も微笑んで頷く。
「しかし、三崎と違って石田ちゃんは頼りになるな~」
「だからちゃん付けはやめろって・・・・・・」
「二人はどっちが下なん?」
「っ!!!」
突然の問いかけに固まる三崎。
だが、次の瞬間には鮫洲から視線を外し、「帰るぞ芳 」と未だ戸惑っている石田を引っ張り店を後にした。
残された鮫洲は、大分溶けてしまったフラッペに視線を落とす。
(オレ、せっかちなんだけど大丈夫かな)
目を閉じると、臣人の笑顔が蘇る。
しかし、それはもう薄れかけた記憶であり、本当にあんな顔をしたのかも定かでは無かった。
(もう一回確かめるまでは、諦めるわけにはいかないよな)
鮫洲は覚悟を決めて、再び目を開いた――。
「三崎さん、早いです・・・・・・まって」
人ごみを掻き分けて早足で歩く三崎を、石田は人にぶつかりながら追いかける。
三崎はそんな石田を見やって、人通りの少ない裏路地へ進路を変更した。
「どうしたらそんなに上手く人を避けて歩けるんですか」
やっとのことで追いついた石田は、三崎の隣に並んで安堵のため息を吐く。
「外回りで歩きなれてるからな」
「ああ、どおりで・・・・・・。いつもお疲れ様です」
そう微笑む石田に一瞬だけ見とれて、すぐさま顔を逸らす。
「鮫洲さん達、上手く行くと良いですね」
「・・・・・・そうだな」
正直、三崎から見ても望みはかなり薄いと思う。
少し間が空きつつも、同意する三崎に、石田は少し笑った。
「でも本当、三崎さんと鮫洲さんって、二人揃うと高校生みたいですね」
「・・・・・・」
先ほどの会話を思い出し、素直な感想を述べる石田に、三崎は無言の返事を返す。
「どうかしましたか?」
「・・・・・・やっぱり分かるか」
「え?」
「あいつとは高校時代からの腐れ縁なんだよ」
「!へぇ、そうなんですね」
「大学は理系と文系で分かれたんだが・・・・・・入社式で顔を合わせた時は他社の内定蹴った事を人生で一番後悔した」
「ふっ、そこまでですか」
「当たり前だろ!アレだぞ!」
心底嫌そうな表情の三崎がおかしくて、石田は少し笑ったが、すぐに寂しそうな表情を浮かべた。
「でも、少し羨ましいです。」
「何が」
「鮫洲さんは、俺の知らない三崎さんを知っている」
「っ、」
思いもよらなかった事を言われ、メガネの奥の目をわずかに見開いた三崎は、並んで歩く石田の袖の先を少しだけつまんだ。
「・・・・・・お前の方が、アイツの知らない俺を知ってる」
三崎の言葉に、石田は思わず隣を見る。
その目に、そっぽを向いてわずかに頬を赤くする三崎の顔が飛び込んだ。
瞬間、袖の先をつまむ三崎の手を、袖から離し、握りこむ。
「早く、帰りましょう」
疼きだした下半身を収めるには、それしかない。
「えっ、何っ?どうしたっ・・・・・・」
手を握ったまま、いきなり早足で歩き出した石田を、三崎は訳も分からず追いかけた――。
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