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第12話
金属を削る音に、オイルの臭い。
月曜日。週初めの工場は、心なしかのんびりした空気が流れている。
自分の作業ブースで黙々と働く臣人 の動きも、心なしか緩慢だ。
機械が削り出した部品を、カスタマイズされたロボットに合わせて更に調整を加える。
量産品を製造するための、一つだけのロボット。
未だ人の手を必要とする最初の一つを創り上げるこの仕事を、臣人はそれなりに気に入っていた。
太陽の位置が高くなり、天井近くの窓から差し込む日の光で、昼が近くなってきたことに気づく。
12時を知らせる鐘の音と共に、臣人はカバンごと弁当を持ち上げ、さっさと工場を後にした。
臣人が工場を出たのを確認し、石田はスマホを片手に尾行を開始する。
(河鹿 さんごめんなさい・・・・・・でも約束なんです)
見失わない程度にできるだけ間を空けて歩く。
工場の裏手の道は人通りも少なく、見通しも良い。
そのまま二つほど角を曲がると、小さな公園が見えた。
どうやら目的地はそこのようで、臣人は公園の入り口へ近づいていく。
(よし、戻って報告・・・・・・っ)
安心して工場に戻ろうとしたとき、手に持ったスマホの着信音が鳴り響いた。
「う、わっ」
(なんで今日に限ってマナーモード解除してんだ・・・・・・!)
あわてて画面をタッチして、音を止める。
静かになったスマホに安堵して、大きく息を吐く。
だが、今の石田の状況は、安堵できるようなものでは無かった。
「石田、さん?」
「っ!!」
恐る恐る顔を上げると、5メートル程離れた位置に立つ臣人と視線が交差する。
動く事もせず、ただこちらを見つめる臣人を前に、石田は諦めたように小さくため息を吐くと、今度は深く息を吸った。
臣人の所まで足早に近づくと、深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
「え、なん・・・?」
「河鹿さんと話がしたくて、後、つけました」
「・・・・・・」
沈黙を返されて、不安なまま石田は頭を上げた。
すると、きょとんとした顔の臣人と目が合う。
(あ、目が合った・・・・・・じゃなくて)
「河鹿さん?」
「あ、すみません。とりあえず・・・・・・座りますか?」
名を呼ばれてハッとした臣人は、石田から視線をはずし、公園の方に顔を向ける。
「はい」
石田は短く答えると、二人並んで、公園へと向かった。
(鮫洲 さんごめんなさい・・・・・・)
今日は謝ってばかりだと、石田は他人事のように、声に出さずにつぶやいた――。
「お弁当、食べちゃって下さい。俺は話終わったらすぐ戻りますんで」
適当に空いてるベンチに二人腰掛けると、石田は申し訳なさそうに提案した。
「いや、後でいい」
臣人は一人だけ食べるのに気が引けただけだが、石田には『早く済ませろ』と言われているように聞こえる。
「本当、すみません」
「別に。話って・・・・・・?」
「あ、えっと、あの・・・・・・開発の、鮫洲さんの事なんですが」
「っ」
鮫洲の名前を出すと、臣人の肩がわずかに上下した。
「やっぱり、苦手なんですか?」
「なんで・・・・・・石田さんが、そんな事」
臣人がそう思うのも当たり前だ。臣人と石田は仲が良い訳ではないし、石田と鮫洲の繋がりも知らないはずである。
どう話そう。
石田は少しの間悩んで、考えながら言葉を紡いだ。
「ちょっと前から、昼、鮫洲さんが工場に来ては、一人で帰っていくのを見ていたので・・・・・・」
「・・・・・・っ」
ばつが悪そうにうつむく臣人を確認し、石田は続けた。
「それで、気になって、何の用か尋ねたんです」
「・・・・・・そう」
臣人は小さく、それだけ返した。
「もし、迷惑でしたら、俺から鮫洲さんに伝えましょうか」
一か八か、これで首を縦に振られたら、鮫洲の自棄酒に三崎と二人して付き合わされることになるだろう。
石田は祈るように臣人の返事を待った。
「いや、いい」
簡潔に返された否定。
欲しかった言葉に、石田は心底安堵した。
「明日は、昼、工場にいるよ」
「分かりました。もし、何かあったら言って下さいね」
鮫洲が何かやらかした時の保険のつもりで、後半の言葉を付け足すと、臣人は小さく頷くだけで返事を返した。
「お時間ありがとうございました。」
石田は最後にそう声をかけて立ち上がり、その場を後にした――。
「はぁ・・・・・・」
石田が去った後、臣人は弁当を広げながらため息を吐いた。
明日のことを考えると、気が重い。
元々誰かと食事を共にするのは苦手だったし、これでまた一人に戻れるならそれでも良いと思っていた。
(謝られるの嫌だな・・・・・・)
実のところ、ロクの事に関しては、もうそれほど怒ってはいない。
弁償してもらっても元に戻るものじゃないし、今のロクにも慣れる事ができそうな気がする。
ただ、謝られたときに、どう許せば良いのか分からないのだ。
微笑んで「もういいよ」と言えば良いのか?
こんなに避けておいて?
考えていると、ごはんの味も感じられず、臣人はまだ食べかけの弁当のふたを閉じた。
(人って、面倒だな・・・・・・)
こんな時、臣人はロクに合いたくなる。
ロクの均一に保たれた体温を思い出し、臣人はほんのわずか、熱い息を吐いた――。
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