宅配業者のワゴンが去っていくのを確認し、ロクは社宅の玄関へと向かった。 臣人(おみと)がロクと住む社宅には、単身者用ということもあり、日中受け取ることのできない荷物を入れておいてもらえる鍵付きの宅配ボックスが設置されている。 ロクは部屋から持ち出したカードキーで、臣人の部屋専用のボックスを開くと、中から荷物を取り出す。 伝票を読み取り、中身が先日注文した無線接続の追加パーツであることを確認すると、他人に会わないよう足早に部屋へと戻った。 寝室に移動すると、早速箱を開け、緩衝材を取り除く。 シャツを脱いで背中を開くと、届いたばかりのパーツを空いているスロットに差し込んだ。 しっかり差し込まれたのを確認すると、背中が開いたまま洗面台に移動し、鏡に背を向ける。 寝室から持ってきた壁掛けの鏡を手に持ち、合わせ鏡の状態で背中をのぞいた。 （パッと見では見えそうに無いな） 背中を開いてすぐに見える位置では、臣人に気づかれてしまう。 （これなら大丈夫か） 無線パーツが見え辛い位置にあることを確認し、ロクは背中を閉じた。 パーツの設置が終わり、寝室へと戻ると、購入したパーツが入っていた梱包材を捨てるため、ダンボールの箱を掴む。 と、ロクは箱の底に黒い何かを見つける。 良く見てみると、その黒い何かは箱の底に描かれた規則的な模様で、とても小さい。 その模様を、ロクは知っていた。 2000年代後半から2020年代まで、幅広く使用されていた特殊なコードの模様だ。 現在では更に小さく、文字情報以外も読み取らせる事ができるコードが普及しているため、あまり見かけなくなっている。旧世代の情報ツール。 （なんでこんな所に） 疑問に思ったが、ロクはそのコードを読み取る事にした。 両目のカメラを読み取りモードに変更すると、すぐさまコードが読み取られる。 目の前に、白いウィンドウと黒い文字が浮かび上がった。 そこには「私に会いにおいで」という文字とどこかのサイトのURL。 そのURLを目視で選択すると、どこかの企業のサイトへ飛ばされた。 （なんだ、ただの広告か） きっと過去にコードが印字されたこの箱の在庫が、沢山残っていたのだろう。 拍子抜けしたロクはサイトを閉じようとしたが、ふとそのサイトのロゴを見て、動きが止まった。 これ、臣人の会社のサイトだ。 （おかしいな） 臣人の勤める会社のことは調査済みだが、アンドロイドのパーツを作っているという情報は無かった。 ちなみに、段ボール箱を製造しているという情報も無い。 それなのに、なぜ臣人の会社のURLが？ もしかしたら以前にアンドロイド用のパーツを作っていた時期があるのかもしれない。 引っ掛かりを感じ、臣人の勤める会社についてもう一度調べようとしたとき、外から夕方6時を知らせる時報の音楽が聞こえた。 臣人の勤務時間は8時～17時。そろそろ帰ってきてもおかしくない。 ロクは不要になったパーツと梱包材を元の箱に詰め、臣人が普段開けることの無い押入れの奥へとしまった。 ここなら、次のごみの日まで見つかることはないだろう。 ゴミの処理とコードの調査を後にして、ロクは定位置の充電ブースへ戻り、自主的にシステムをシャットダウンさせた。 鮫洲の相手に疲れた臣人は、いつもより少し早く、仕事を切り上げた。 家にたどり着くなり寝室に向かい、デスクの前のキャスターが付いた椅子の上に、カバンを置く。 作業着のまま着替えもせずにうつ伏せでベッドに沈むと、安心したように一息ついた。 「ロク、ただいま」 うつぶせのまま顔だけをロクのいる方向に向け、起動のワードを呟く。 かすかな起動音から数秒待たず、ロクはその目を開いた。 「お帰り、臣人」 臣人は横向きになり、ロクに手を伸ばす。 「一緒に寝よう」 その言葉を意味通りに取ったのか、ロクはベッドの空いている部分に寝そべり、臣人と向かい合った。 臣人はロクの手を取る。 起動したばかりの体はまだ少し冷たく、臣人の手の温度が、少しだけ奪われた。 空いている手で、胸のあたりに手を当てる。 システムを構成するほとんどの部分がその辺りに入っているため、そこはすでに暖かい。 「臣人」 呼ばれて顔を上げる。 「今日は何か変わったことがありましたか？」 「･･････え？」 突然の問いかけに、臣人は何を聞かれたか理解できずに固まった。 「いつもより15％ほど、表情が穏やかなようです」 「あ、ああ」 （びっくりした。表情を読み取って話題にできるのか） 臣人は質問の意味を理解しホッとする。 「うん、ちょっと大変だったから、家に着いてホッとしたんだと思う」 「大変？」 「大した事じゃないよ」 臣人の返事を聞いて、納得したのだろうか。ロクの表情からは何も読み取ることができない。 ロクはその話題を継続するのをやめ、臣人の頬に片手を添えた。 「セックスしますか」 本来の職務を遂行するため、問いかけてくるロク。 「･･････うん」 臣人はわずかな間をおいて、ロクの問いかけに同意した――。