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Ⅱ 瞳の蒼⑮
開け放たれた窓から、ブワンッと風が雪崩れ込む。
自然に起こる風じゃない。
この強風は、エンジンのジェット気流だ。
「ご苦労だったね。ハラダ一等兵」
「はっ、政府専用機の整備が滞りなく完了したであります!」
高層マンション 最上階
俺達の愛の巣の眼前に現れたのは、輝く銀翼を真っ赤に染め抜いた日の丸だ。
旭日が真っ青な大空に浮かんでいる。
「行こうか。日本国を代表して、内閣副総理大臣の外遊だ」
そっと俺をソファーに下ろした夫が、気づけばスーツ姿で颯爽と立っていた。
「ハルオミさん、出掛けるのか」
「あぁ、政治家は多忙だよ」
整髪料を付けた指で、黒髪を掻き上げた。
政治家モードのオールバックに整える。
「……そうだね」
以前にも、こういう事は多々あった。
ハルオミさんは副総理であるが、実質、日本の政権を担う政界の頂点に立つ。ナンバー2の地位にありながら、国内において、ハルオミさんの政治家としての資質・実力は誰もが認めている。
世界各国も例外ではない。ハルオミさんを日本のトップとして認める暗黙の不文律が存在している。
「行き先は、フィジ=ネイヴィブル。赤道を越えた南国の島国だよ」
「遠いね」
「君となら、寧ろ遠い国に行きたいからね」
………………え。
「言ったじゃないか。ハネムーンだよ」
でも、ハルオミさん。外遊だって。
「これは公務だ。君にも、私の妻として手伝ってもらうよ」
スーツが空にはためいた。
高層階から、銀翼に飛び移った背中
「フィジ=ネイヴィブルから、夫婦同伴で招待を受けている。君は夫に寂しい思いをさせる気かな?」
振り返ったサファイアが、俺を捕らえた。
風で少し乱れた前髪が一筋、蒼穹に流れる。
「おいで。私達のハネムーンの始まりだよ」
伸ばされた右手を掴む。
ぎゅっ、と……
ハルオミさんが俺の手を握り返して、受け止めてくれた。
銀翼の上で、俺達は抱きしめ合う。
いつだって、一緒だよ。
「俺達は夫婦だからね」
これは巧妙に仕組まれたシュヴァルツ カイザーの罠だ。
α-大日本防衛軍 整備班所属のハラダ一等兵が我が家を訪れた時から、新婚旅行は決定事項になってたんだ。
「私は卑怯な夫だよ」
風に混じった低音が耳朶をくすぐる。
「どんな事をしたって、君をハネムーンにさらうさ」
ハルオミさんの胸の中。
心まであったかい。
卑怯な夫が大好きだ。
……なんて、言ったら変かな。
ハルオミさんの胸に、顔をうずめる。
俺だって卑怯だよ。
赤い顔、見られたくないから……
ハルオミさんで隠してる。
俺……夫婦で隠し事をする、悪い妻だ。
でも、きっと。たぶん……
ハルオミさんにはお見通しなんだ。
俺の夫だから。
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