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Ⅱ 瞳の蒼⑯
「政府専用機に目的地 フィジ=ネイヴィブル・ネイヴィ空港の座標チェック
フライトプログラミング act
副総理、シキ夫人、快適な空の旅をお楽しみください」
「……わっ」
引き摺り込まれた体は、ハルオミさんの膝の上だ。
「そういう事さ。操縦不要で、政府専用機が私達を南国の島に連れていってくれる」
勢い余って太股で寝転がってしまった俺に、藍色の眼差しが落ちてきた。
「空の上で二人っきりだよ」
ドキンッ
心臓が破裂しそう。
同じハルオミさんなのに。
髪を後ろに流しただけで、視線が艶っぽい。
まるで別人みたいだ。
真ん丸に目を見開いた俺。言葉が出てこない。
ドキドキして……
鼓動の早鐘を打つばかり。
なにか話そうとしたら、心臓が口から飛び出しちゃいそうだ。
「……君は、私の顔を忘れてしまったのかな?」
伏せた睫毛の間から、サファイアの眼差しが零れた。
「ちがっ」
悲しまないで、ハルオミさん。
そんな顔をさせたいんじゃないんだ。
「いつもと違うハルオミさんに、ドキドキして……」
「分かってるよ」
「………………えっ」
サファイアが悪戯に微笑んだ。
「倦怠期には早いからね。君をいつでもドキドキさせたい」
わざと、だ。
ハルオミさん、わざとこれ見よがしに寂しい顔で拗ねて。
俺の気を引いたんだ。
「ひどいっ!」
「まるで初めて会った人みたいに私を見つめる君に、嫉妬したんだよ。君が捕られてしまうんじゃないかって」
そんなの有り得ないじゃないか。
「……同じハルオミさんなんだから」
「『私』にだって嫉妬するよ。君を奪うものは全部敵だ」
言ってる事が無茶苦茶だ。
ハルオミさんの敵がハルオミさんで、ハルオミさんを嫉妬させてるのは、俺で……
俺は………
「ハルオミさんに愛されてるのか……」
「遅いよ。気づくのが……」
深い藍色の眼差しが降りてきて……キスされるんだ。
と、思ったけれど。
唇は、耳元数ミリの距離で止まっていた。
「教えてほしい」
熱っぽい息が耳朶を啄んで、吐息で口づけされているみたいだ。
「君は、どちらの私が好きなんだい?」
不敵な藍の双眼をすっと細めた。
「いま君の前にいる副総理の私かい?それとも……」
前髪を下ろしている時の……
「只の男のシキ ハルオミかい?」
「俺が好きなのは………」
ハルオミさんの瞳、
そっと両手で塞いでしまえ。
「目に見えているあなたじゃなくって、俺のそばにいるあなただよ」
俺から口づけした唇が、いつもより熱かったのは気のせい?
「……君は、ズルい妻だね」
囁きが首筋に落ちた。
「副総理の気持ちと、男の気持ち。二人の私を同時に手に入れてしまうのだから……」
チリッ……と。
熱が肌を走って、赤い花びらが刻まれる。
「二人の私に愛されるんだ。覚悟するがいいよ」
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