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Ⅱ 瞳の蒼⑰

ふわり…… 天井から降ってきたのは、甘い匂い…… 黄色い花びらだ。 「あっ……」 瞳に飛び込んだ、赤と黄色と白。 トロピカルな色彩で賑わう柔らかな甘い香りが、鼻孔をくすぐる。 俺達のいる政府専用機キャビンが、色とりどりの南国の花で彩られている。 これって、もしかして…… 新婚さん仕様? こんなに綺麗な客室なのに、ようやく花に気づくなんて。 ハルオミさんに夢中だった。 花さえ目に入らぬくらい。 「よそ見はいけないよ」 膝の上で、ハルオミさんに抱きすくめられた。 蒼い眼差しに引き寄せられて、反射的に目を閉じる。 右目と左目 伏せた瞼の上に、口づけが降ってきた。 「二人の『私』が嫉妬するからね」 「花が……」 綺麗で見ていただけで、ハルオミさんを忘れてた訳じゃないよ。 「私以外のものは見なくていい」 瞼に再びキスが降りた。 「花にさえヤキモチを妬いてしまう狭量な副総理になったのは、君のせいだよ」 君のせいで…… 「私はペースを崩されてしまう。そんな自分にすら幸せを感じているんだよ」 開いた双玉に飛び込んできたのは、サファイアブルー どんなに美しい花よりも鮮やかで繊細な、深い深い藍の瞳が俺を見つめている。 俺を捕らえている。 俺は囚われている。 ハルオミさんは俺より歳上で、すごく大人で、物事に動じなくて、時々突拍子もない事を言い出すハルオミさんに、俺は振り回されてばかりで…… そう思ってたけれど。 俺が、あなたを振り回してるのか? 「ほんとうだよ」 耳たぶを声が、ふわり…… 撫でて(さえ)ずる。 「君に変えられてしまったよ」 私も、私の日常も。 「思考を読み、思考を操るシュヴァルツ カイザーを操っているのは、紛れもない君なんだ」 俺が、あなたを? 君がいつも、心の中心にいるよ。 「けれど、やられっぱなしは悔しいからね」 指先が、俺の髪を梳いた。 「君の日常を壊してしまうよ」 こつん 額と額が、ごっつんこ 「壊したお詫びは、私からの非日常のプレゼントだ」 額の熱があたたかい。 頬を両手に包まれて、顔が熱くなる。 「おやおや、南国の島に泳ぎに行く前からタコになってしまったのかな?」 「からかうな……ハルオミさん、キライ」 見事に茹で上がった、茹でダコさんの俺は心にもない事を言ってしまう。 「そんな君も大好きなのだから、どうしようもないよ」 ドキンッ、ドキンッ 跳ね上がる心音 高ぶる鼓動が止まらない。 「俺もっ」 俺も、ほんとうは…… ドキンッ ぎゅっと大きな手を握った瞬間に、心臓が激しく脈打つ。 緊張して汗ばんでしまった手を嫌がらずに、あなたが握り返してくれる。 ハルオミさんが大好き……… 一生懸命、酸素をすくって開いた口が言の葉を紡ごうとして…… 『副総理!シキ夫人!』 「わーッ」 ビックリした。 通信ランプが光って、モニターに映ったのは。 「お前達!」 体育会系通信室★

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