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Ⅱ 瞳の蒼⑳

ジャブジャブジャブッ 思いっきりひねった蛇口から、勢いよく水が飛び出した。 滝のように流れる水で顔を洗う。 しっかりしないと。 今から新婚旅行に行くんだぞ。 こんな顔、見せられない。 楽しそうに、嬉しそうに…… ……じゃないと、ハルオミさんに嫌われてしまう。 ジャブジャブジャブッ 少し、頭も冷えた。 俺は冷静だ。 これなら、なんとか……ハルオミさんとの受け答えもできそう。 今から二人っきりになるんだから。 ぼぅ……としてちゃダメだ。 タオル……あれ? そこのタオル掛けに下がってた筈なんだけど。 どこ行った? 手を伸ばすが届かない。 おかしいな、タオル! 「ワっ」 振り返った刹那、タオルで顔を塞がれた。 「ワワっ」 抵抗の隙は与えない。 ……ガシガシガシ~ 顔が、タオルで丁寧に拭かれている。 「ハルオミさん?」 「………お前は、兄上の名前を一番に呼ぶんだな」 ハラリ タオルが払われて、落ちてきたのは漆黒の…… ブラックダイヤの瞳だった。 「兄上に夢中で、俺の事忘れちゃった?」 「ユキト!」 固かった眼差しが柔らかく(ほころ)ぶ。 「ありがとう。俺の名前、呼んでくれて」 前髪に付いていた水滴をタオルが拭った。 「うん……でも、なんでお前が?」 「通信室の奴らに聞いたんだ。ナツキが兄上とハネムーンに出掛けるって。 悔しいけどさ、俺も男として器の広いところ見せなくちゃな……今さっき着いて、兄上に聞いたらナツキがここにいるって」 つん……と。鼻先をくすぐったのは、優しい花びらだった。 淡くて芳しい香りが包む。 桃色の…… 「……薔薇」 「来る途中で買った。ドアの前で待ち伏せて、これでナツキを驚かせる作戦だったんだ。ハネムーン、おめでとうって。 ……でも、すごい水の音が聞こえてきて」 「アっ」 ピンクの薔薇が足元に漂着した。 「……ナツキは幸せじゃないのか?」 「なんで?」 「なんでじゃない!俺が聞いているッ」 ユキトの両腕が、俺を抱きしめている。 「……俺は、幸せだよ」 「嘘だ!」 「嘘じゃな……」 「じゃあ、どうして泣いてたんだよ」 泣いてなんかいない。 ……そう、伝えようとしたのに。 「俺は、お前の運命のαで、お前の夫でもあるんだよ」 声よりも早く。 涙が一粒、零れ落ちた。 「ナツキの幸せを一番に優先する。お前が兄上を選んだんなら、俺は身を引く。 お前が幸せで、笑ってるなら……それで良かったんだ」 熱い腕の中で、吐息がつぶさに囁いた。 「でも。そんな顔をしているお前を帰せないよ」 「ユキ…ト」 「第二夫だって、お前の夫で俺達は夫婦だよ」 言葉が奪われる。 呼吸ごと。 唇がユキトに塞がれている。 ナツキを奪うよ………

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