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Ⅱ 瞳の蒼 21
息が止まる。
このまま呼吸ごと吸われて奪われて、心臓が止まってもいいとさえ思う。
……ほんとうは、いけないのに。
ユキトの体、押し返さなくちゃ……いけない。
でも、あと3秒だけ。
3秒だけ、キスさせて……
(ごめん、ハルオミさん)
(ありがとう……ユキト)
時間だ………………
振り上げた手は、いとも容易く捕らわれた。
「抵抗するんなら本気でしないと」
鼓動をブラックダイヤの瞳に射貫かれる。
「俺は優しくないよ」
獰猛な唇に口を塞がれる。
熱い胸に体を抱きすくめられて、角度を変えて何度も唇を啄まれ、舌が舐める。
「……ナツキ、あーん」
数ミリ離れた吐息が囁いた。
「あーんだよ。少し唇、開いて」
「………舌、入れるのか」
「そうだよ」
応じたら俺、ユキトを受け入れるのに同意した事になる。
「あーん、できない?」
小さく頷いた。
「俺が嫌い?」
「そうじゃない!」
「じゃあ、好き?」
ユキトは好きだ。
でも……
裏切れない。
「ハルオミさんを」
言葉が唇に奪われる。
触れるだけの唇が、呼吸ごと言葉を奪う。
後頭部を掴まれて、きつく抱かれて身動きできない。
苦しい。
息ができない。
吸い取られる。
奪われる。
息が止まる。
肩口をギュウッと掴むが、唇が離れない。
………………ハァハァハァハァッ
「苦しかった?」
ひんやり、と……
ユキトの手が火照った頬をさすった。
乱れた呼吸しか出ない俺を見れば、答えなんか一目瞭然だろう。
「わざと苦しくしたよ」
……なんで?
「ナツキの……ここ」
頬から降りた手を、胸に当てる。
「俺にも分けてほしかったから。……こんな事で、ナツキの苦しい気持ちが減る訳ないのにね」
でも………
「俺も苦しかった。お前が兄上の名前を呼んだ時……お前の口から兄上の名は聞きたくないと思った」
あたたかな手が髪を梳いた直後、強引な力強さで、頭を腕 に抱 かれる。
「俺も苦しいよ。苦しいくらいナツキが好き」
ブラックダイヤの瞳が、俺の名前を奏でた。
「今も好きなんだ。昔よりも、もっと好きだ」
「………俺も」
ユキトが好き。
でも………………
「許さないよ」
人差し指が、俺の口を蓋してる。
「夫の前で、ほかの男の名を呼ぶな」
艶やかに濡れたブラックダイヤの双眼が降りてくる。
漆黒が雄の色に染まっている。
「夫だから、お前を守るよ。男だから、お前を愛しているよ」
お前の一番になりたいんだ……
優しい唇が、俺の唇を塞いだ。
口づけしている。
俺達は……
夫婦だから。
唇と唇で、お互いの気持ちを愛しく伝え合う。
「私の前で浮気はいけないね」
背後の声に心臓が鷲掴まれた。
「私の妻に手を出すな」
冷冽なサファイアが奏でた声………
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