60 / 292

Ⅱ 瞳の蒼 22

ハルオミさん、違うッ 「ユキトはっ」 鼓動ごと背後の腕に捕まえられた。 悪くない! 言おうとした喉を、カプリ…… 「ァウっ」 食まれた痕がチリチリ痛い。 「ナツキは元々、俺のものですよ」 チロリ これ見よがしに漆黒の眼差しを流した瞳を細めて、赤い舌が自分の印の痣を舐める。 「言ってくれるじゃないか」 「兄上こそ、俺の可愛い奥さんに手を出さないで頂けますか」 「聞けないね。生憎、私はナツキの夫だよ」 「俺も夫です」 「正夫は私。お前は第二夫……愛人だ」 蒼い双眸をすがめる。 「同じ夫でも、私とお前とでは立場が違う」 それとも、お前は。 「私がナツキを奪った事を言っているのかい? お前達は恋人同士で、体を繋いでいるのも承知の上で、私はお前からナツキを奪った。……謝って欲しいのか?」 形よい唇が微かに吊り上がる。 「謝らないよ。ナツキと結婚した事に、後悔はないからね」 「謝る必要ありませんよ。あなたは俺からナツキを奪っていない。俺達は、今も愛し合っていますから」 「私には負け惜しみに聞こえるよ」 「事実を認めるのが怖いんでしょう」 フゥっ……と、唇が小さく吐息した。 「ナツキ、おいで」 ハルオミさんに呼ばれた。 行かなきゃ……俺。 だけど。 ユキト一人を悪者にできない。 ユキトは俺を心配してくれただけなんだ。 ………………悪いのは、俺。 「ナツキ?」 「あのっ」 「私は君を責めていない。我が国の法律でΩは愛人を持つ事を認めているし、私も君が第二夫に弟を迎える事に同意しているよ」 それは……… ハルオミさんが俺に執着していないから、同意したのだろうか? 「……ナツキ、私の話を聞いているかい?」 不意に声がかかって、肩がビクンッと震えた。 「あっ、はい」 「上の空だね。ユキトの話は聞けて、私の話は聞けないのかな」 「そういうんじゃない!」 「けれど」 「俺はっ」 声が重なって、二人同時に黙ってしまう。 タイミング悪い。 「………三人で、以前のように愛し合いたいかい?」 深海の底に墜ちた海水に巻かれた鼓動が、凍りついた。 なに言って…… 紺碧の海の色を(たた)えた双玉が、見下ろしている。 「君が望むなら、三人で同衾(どうきん)(いと)わないよ」 俺は、やっぱり。 妻失格だ。 妻らしい務めを果たせてないから。そんな事言われるんだ。 なにも執着なんてない妻なんだ…… 「そんな顔するからっ」 頬を掌が包んだ。 「俺みたいな悪い男に付け入られるんだよ」 ユキトの長い睫毛が近づいてくる。 ブラックダイヤに魅入られた体が動かない。 俺……ユキトにキスされるんだ。 唇が触れる。 ……………………刹那。 強引な力が首をねじ曲げた。 俺の頭、ユキトじゃない腕に抱き込まれている。 ユキトじゃない唇が、俺の唇を塞いでいる。 ………………なんで? あなたは、俺なんかに興味ない筈じゃ…… 「君を弟に取られたくないよ」 一瞬離れた唇がささめいた熱い吐息に、瞬きできない。 あなたの蒼い眼差しが、俺の瞳を刺す。 ………………まさか、ヤキモチ焼いてる? 俺ッ! ハルオミさんに執着されているのかーっ!!

ともだちにシェアしよう!