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Ⅱ 瞳の蒼 22
ハルオミさん、違うッ
「ユキトはっ」
鼓動ごと背後の腕に捕まえられた。
悪くない!
言おうとした喉を、カプリ……
「ァウっ」
食まれた痕がチリチリ痛い。
「ナツキは元々、俺のものですよ」
チロリ
これ見よがしに漆黒の眼差しを流した瞳を細めて、赤い舌が自分の印の痣を舐める。
「言ってくれるじゃないか」
「兄上こそ、俺の可愛い奥さんに手を出さないで頂けますか」
「聞けないね。生憎、私はナツキの夫だよ」
「俺も夫です」
「正夫は私。お前は第二夫……愛人だ」
蒼い双眸をすがめる。
「同じ夫でも、私とお前とでは立場が違う」
それとも、お前は。
「私がナツキを奪った事を言っているのかい?
お前達は恋人同士で、体を繋いでいるのも承知の上で、私はお前からナツキを奪った。……謝って欲しいのか?」
形よい唇が微かに吊り上がる。
「謝らないよ。ナツキと結婚した事に、後悔はないからね」
「謝る必要ありませんよ。あなたは俺からナツキを奪っていない。俺達は、今も愛し合っていますから」
「私には負け惜しみに聞こえるよ」
「事実を認めるのが怖いんでしょう」
フゥっ……と、唇が小さく吐息した。
「ナツキ、おいで」
ハルオミさんに呼ばれた。
行かなきゃ……俺。
だけど。
ユキト一人を悪者にできない。
ユキトは俺を心配してくれただけなんだ。
………………悪いのは、俺。
「ナツキ?」
「あのっ」
「私は君を責めていない。我が国の法律でΩは愛人を持つ事を認めているし、私も君が第二夫に弟を迎える事に同意しているよ」
それは………
ハルオミさんが俺に執着していないから、同意したのだろうか?
「……ナツキ、私の話を聞いているかい?」
不意に声がかかって、肩がビクンッと震えた。
「あっ、はい」
「上の空だね。ユキトの話は聞けて、私の話は聞けないのかな」
「そういうんじゃない!」
「けれど」
「俺はっ」
声が重なって、二人同時に黙ってしまう。
タイミング悪い。
「………三人で、以前のように愛し合いたいかい?」
深海の底に墜ちた海水に巻かれた鼓動が、凍りついた。
なに言って……
紺碧の海の色を湛 えた双玉が、見下ろしている。
「君が望むなら、三人で同衾 も厭 わないよ」
俺は、やっぱり。
妻失格だ。
妻らしい務めを果たせてないから。そんな事言われるんだ。
なにも執着なんてない妻なんだ……
「そんな顔するからっ」
頬を掌が包んだ。
「俺みたいな悪い男に付け入られるんだよ」
ユキトの長い睫毛が近づいてくる。
ブラックダイヤに魅入られた体が動かない。
俺……ユキトにキスされるんだ。
唇が触れる。
……………………刹那。
強引な力が首をねじ曲げた。
俺の頭、ユキトじゃない腕に抱き込まれている。
ユキトじゃない唇が、俺の唇を塞いでいる。
………………なんで?
あなたは、俺なんかに興味ない筈じゃ……
「君を弟に取られたくないよ」
一瞬離れた唇がささめいた熱い吐息に、瞬きできない。
あなたの蒼い眼差しが、俺の瞳を刺す。
………………まさか、ヤキモチ焼いてる?
俺ッ!
ハルオミさんに執着されているのかーっ!!
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