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Ⅱ 瞳の蒼 29

落ち着いてくれ! 「今朝ハネムーンを知ったんだ。アキヒトと連絡なんて取れないよ!」 「確かにね」 密会の誤解は解けたが、ハルオミさんは腑に落ちない様子だ。 それは、俺も同じである。 どうしてアキヒトは、フィジ=ネイヴィブルに前乗りできたのだろう? 『αではなく、βの子を産みたいとの統帥の想いが伝わった結果です』 ギャッ!言うな、アキヒト! その話で今、ややこしくなってるんだから。 ハルオミさんとユキトは、運命のα アキヒトは、運命のβ(自称) 『そうですよね?統帥♪』 「俺に振るなッ」 『東京陥落を為した暁には、俺の子を産んでくれるって。俺達、婚約した仲じゃないですか♪』 「違う!俺は考える……と」 そう返事した筈だ。 『……真剣に考えて、俺を捨てる気だったんですか』 うっ……それは…… アキヒトのパイロットとしてのセンスと戦闘能力は、αに勝利するためには欠かす事のできないものだった。 アキヒトなしで、この戦争にΩの勝利はない。 俺は、アキヒトの忠誠心を利用したんだ。 だが。 気持ちには応えるつもりだったんだ。 アキヒトの想いは本物だから。 俺を愛してくれた。どんなに辛い時も。アキヒト自身が一番辛い時も、身を呈して俺を守ってくれた。 俺が心の支えだったから。……とアキヒトは言うけれど。支えられていたのは俺の方だよ。 戦争が終わったら、アキヒトと本気で向き合おう。 騎士の誓いを交わしたアキヒトに、主君としてではなく…… 家族として、彼を迎えよう。 そう決めていた。 否…… アキヒトはもう、俺の家族になっていたんだ。夫婦になる前から。 血の繋がりなんて関係ない。 夫婦だって、元は他人だ。 他人同士で家族になるんだから、血は関係ないよ。 アキヒトは大切な家族。 (かたく)なだった俺の気持ちを解かしたのは、お前がいつも偽りのない本当の気持ちで俺に接してくれたから。 お前の真心が、俺の気持ちを解かしたんだよ。 『ねぇ、統帥。俺の望みは家族をたくさんつくる事です。統帥が俺の子を産んで、子だくさんになって。いっぱいの子供達に囲まれて、統帥と夫婦喧嘩もたまにして、子供達を育てるんです。 拗ねた統帥の顔も見たいし、それ以上に笑っているあなたと毎日過ごしたい。 ……俺の願いを叶えられるのは、あなただけです』 どうか…… 『あなたの笑顔を、あなたの一番そばで……俺に守らせてください』 アキヒト。戦争が終わった今も、お前は俺の騎士でいてくれるんだな。 「ありがとう」 『では、統帥』 「なんだ?」 『俺の子を産んでくれるんですね♪』 「………は?」 『俺に守られるってそういう事ですよ♪』 「え、あの……」 『統帥の未来ごと、守りますから。俺達の家族の未来です』 アキヒト!もしかすると、お前は俺以上の策士なのか★ 「ワっ」 突然、機体が揺れて、ハルオミさんの手とユキトの腕が俺から離れてしまう。 バランスを失った体が、なんとか腕をついてモニター近くの機材で止まる。 ……『どんな手段を使っても、あなたを落としますよ。形だけの夫じゃ満足しませんから』 背後の声。 俺にしか聞こえない、モニターからの囁きはアキヒトなのか? 機体の揺れは、お前が遠隔操作したのか? 『あなたを愛しています』 ………チュッ 音だけのキスが、まるでうなじに直接触れられたみたいで……体が熱い。 『統帥、こっち向いて。あなたの可愛い顔を、俺だけに見せて欲しいな』 俺、可愛くなんかない。 『照れてるんでしょ?耳、真っ赤だから分かりますよ。……もっとキスしたら、統帥どうなっちゃうのかな?』 ドキンッ 脈打った心臓が早鐘を打つ。 「やめろ」 『やめない』 端の掠れた声が耳朶をくすぐる。 『統帥が大好きだから、統帥の表情(かお)は全部、俺の物にしたいんです』 そんなの、意地悪だ。 お前は俺の夫で、俺はもうお前の物になっている。 でもユキトも夫で、ハルオミさんも俺の夫…… 俺は、三人の夫の妻だから。 三人の夫の妻なのに…… 『統帥は、俺だけの物ですよ』 ………チュッ 耳の裏でキスの音が聞こえて…… 俺の唇に、唇が重なっている!! どうして? アキヒトはモニターの向こう。フィジ=ネイヴィブルにいるんだ。 じゃあ、俺に口づけている唇は?…… 見開いた目に飛び込んできたのは、深い深い、深海の海を溶かした蒼。 「……我慢できなかった」 愛しさと嫉妬とを入り混ぜたサファイアがきらめいた。 「私が、君の可愛い顔を独占するよ」 触れているのは、ハルオミさんの唇……

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