71 / 292
Ⅱ 瞳の蒼 33
理解してるんだ。
言葉の裏はないって事。
『もう少し』は、出発までの間。
離陸の際は、着席してシートベルトを付けなくてはいけないから、こうしてハルオミさんの温もりに触れる事はできなくなる。
離陸までの『もう少し』の間、俺に触れていたい。……って、ハルオミさんは言ったんだ。
でも……
分かっているのに……
だけど……
あの時の言葉が重なる。
……『もう少しだけ待つ』
そう言った、もう一人のあなたが俺の脳裏で囁くんだ。
ハルオミさんの子供を産む事を拒絶したから。
『もう少しだけ待つ』とハルオミさんの言った『もう少し』の期間は、いつまでだろう。
期間が切れたら、俺は………
体温が青ざめていく。
体が急速に熱を失う。
冷えた指先で、あなたの肩を手繰り寄せた。
『もう少し』このままでいたい。
あなたの子を産む。……って言ったら、答えは簡単なんだけど。
怖いんだ。
子を産み、育てる勇気がなくて。
こんな曖昧な気持ちのままで、子供は産めない。
あなたの気持ちに応えられない。
俺は戦争の首謀者で、多くの命を戦争に駆り出して、戦争で命を刈って……
こんな俺が家庭を持って、子供達に囲まれて幸せになったら、ダメだよな……
戦争で命を刈ってきた俺が、どうやって命を育めばいいのだろう。
未熟な妻で、
人の子の親にもなれず……
それでも夫となってくれたあなたを、せめて…………
甘やかす事くらいは許してくれるかな。
甘やかす事しかできなくて、ごめんね……
ともだちにシェアしよう!