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■節分SP■君に捧げる愛の歌①

『恵方巻き』 かつて日本国にはそんな風習があった。 ……と、とある書物で読んだ事がある。 本年の恵方は(きのえ) 節分にその年の吉兆とされる方角を向いて、太巻を一つ丸ごと無言で平らげると、今年一年の無病息災が約束されるらしい。 恵方巻きとは、いわば民間伝承の縁起物なのである。 そんな恵方巻きが日本国において再燃している。………との事である。 「そうだったのか!」 俺が恵方巻きの存在を知ったのは、22時のニュース番組だ。 節分もあと2時間弱で終わるという頃。 (今から走れば間に合うか) 無理だ。行きつけのスーパーはこの時間、特売セールも終わってとっくに売り切っている。 (太巻じゃなくてもいいって言ってたぞ) ニュースキャスターが。 (ロールケーキはどうだ) ダメだ。 ハルオミさん、昨日も食後に草餅食べてたから、毎晩甘いものが続くと健康によろしくない。アラサーなんだから! (なんでもいいから巻いてしまえばいいんだ) 冷蔵庫は…… ……野菜スティック、海苔で巻いとくか。立派な恵方巻きじゃないか! 「君、冷蔵庫の開けっ放しは電気代が勿体ないよ」 「ひっ」 背後。冷蔵庫よりもうすら寒い冷気を放っているのは。 「ハルオミさんッ」 「どうした?声が裏返ってるね」 「そそ、そんな事ないっ。気のせいじゃないかな~」 「気のせい?」 「気のせい!」 「気のせい?」 「気のせい!」 「きのえ」 「………」 「………」 「………」 「今年の恵方は甲だったね!」 アラサーの耳は、どんな聞き間違いをするんだーッ 「アラサーは余計だよ」 シュヴァルツ カイザーに思考を読まれた★ 「甲は東北東だよ」 (甲の方角がすらすら出てくるあたり、さすがハルオミさんだ。亀の甲よりアラサーの功だな!) 「君、なにか言ったかい?」 十歳離れた我が夫に『アラサー』は禁句だ。 「なにも~」 「ならいいのだけど?」 「わっ」 後ろから抱きすくめられて、熱い吐息が耳朶で囁いた。 「私をアラサー呼ばわりしたら、君……今夜は酷いよ」 (それって、どういう……) 「聞くのかい?私にそれを」 思考を読んだシュヴァルツ カイザーの舌がうなじを這った。 「アラサーだから体力がないと決めつけられては、かなわないからね」 つつつッ、つまり! それは~~~ 「耳まで真っ赤だ。君の想像は正解だよ」 チュッ 濡れた唇が耳の裏に落ちた。 「それで、君。今日は無病息災を祈念する節分だよ。君と私のための恵方巻きはどこだい?」 本題に戻ってしまった。 「ハルオミさんは若いから、わざわざ無病息災を祈念しなくても~」 「恵方巻き、食べたいな」 「さっき豆まきしたから無病息災」 「恵方巻き」 「(ひいらぎ)(いわし)の頭刺したし」 「海鮮巻きがいい」 ………我が家にあるのは、野菜スティックと海苔だ。 「ちょっと待ってて、ハルオミさん」 はい、海鮮巻き♪ 「……君。これ、サーモンじゃないよ」 「えっ」 「ニンジンだ」

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