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◯White Night◯
《vision by Haruomi》
「ねぇ、これはなんだい?」
尋ねても答えない君が意地らしい。
テーブルにはスープ皿が二つ。
私が帰ったら温めるつもりだったのだろう。オープンキッチンには、ホワイトシチューのついたスプーンが一つ、ぽつんと取り残されている。
一体、何回味見したのだろうか。
(だから君は意地らしいんだ)
「遅くなってしまったね」
閣議が紛糾し、ようやく帰宅した私を待っていたのは、寝息を立てる君だ。
ソファで横になって、眠い目をこすりながら私の帰りを待っていてくれた事は容易に想像がつく。
日付を跨いでしまった。
時計は零時を回っている。
今日は早く帰りたかったのだが、国政を担う副総理という立場では、そうもいかない。
家庭を顧みない夫として離婚されたら、どうするんだい?
(君が理解ある妻だから)
不安なんだ。
もう少し、我が儘言ってもいいんだよ。
我慢させている自覚はある。
君に甘えて、君に負担をかけすぎやしないかと不安になる。
実力は日本国ナンバー1
実質、国の頂点に立つ男と内外が認める私の呼称は《シュヴァルツ カイザー》だ。
思考を読み、思考を操る《黒の支配者》と呼ばれているが。
私が読めるのは戦略的思考だけだ。
(君はΩの頂きに立つ《シルバーリベリオン》)
《銀の叛逆者》だから。
日本を制するため、君を抱いた……
そうだよ、きっかけは。
でも今はそうじゃない。
戦略じゃないんだ。
今は純粋に………
(君に、私の子を産んで欲しい)
戦略では為し得ない。
君を誰よりも愛したい。
これからも、ずっと。
これは………………
(願いなんだ)
毛布をかけるのにかこつけて、君のお腹にそっと触れた。
(緊張するね)
昨夜だって、たっぷり触れた君なのに。
もっと際どいところだって。
口許が無意識にほころんでしまう。
(ここに………)
「新しい命を宿すんだよ」
私の種で………
願うから、私は君に嫉妬する。
「これはなんだい?」
テーブルには小さな箱が二つ。
チョコレート?それとも?
クッキー、ラスク、マカロン……
中身はなんだっていいさ。
君には夫が三人いる。
第一夫は私。
第二夫は弟のユキト。
第三夫は君の騎士・アキヒト君。
お菓子の箱は二人の夫のバレンタインのお返しだろう。
今日はホワイトデー
(私だって用意したよ)
リボンをほどいた君が微笑むなるのを想像して。
だけど。
眠る君は笑顔を見せてくれない。
(あの二人には見せたのかい)
ねぇ?君は、二人に微笑んだのかい?
(私の見ていないところで、私の知らない笑顔を)
いけない妻だね……
見たところ、二人の箱は開封されていない。
だったら私が奪うよ。
私はね、いつだって君の一番になりたいんだ。
迷わず、鞄の中。君を想いながら、君を笑顔にしたくて買ってきた箱の封をほどいた。
摘まんだチョコをカリッ、奥歯で噛む。
少しほろ苦くて、甘酸っぱいカカオとフルーツが口いっぱいに広がっていく。
「君の初めては私でなくちゃダメだよ」
譲る気はない。
チョコレート一つだってね……
ユキトじゃなく、
アキヒト君じゃなく、
私を一番に想ってほしい。
願いを込めて
美味しいかい?
チョコレート味のキスは。
「お気に召したかな?Meine liebende Frau 」
甘いチョコに込められた、ほろ苦さは嫉妬だよ。
君の前ではかっこつけたい狭量な夫だ。
眠っている君にだから、伝えられる口づけで願うよ。
寝息を立てる君の頬を指で辿って……
来年は、もっと甘いチョコを贈りたいね。
〈fin〉
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