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アンハッピーバースデイもありかもしれない♥!?【前編】

意識の向こうで音がした。 ……カチャリ 誰かが入ってきたんだ。ユキトかな。 重くて瞼が開かない。 きっと、夕飯のおかゆを下げに来てくれたんだ。 ごめんな、ユキト 半分も食べられなかったよ…… 体、熱いな。 それでも寝る前に比べたらマシになったと思うけど。 おかゆ、ありがとう。 伝えたいのに、体が動いてくれない。 ごめん、ユキト…… いいんだよ…… そう伝えるかのように大きな手が頭を撫でてくれる。 ……あれ? でも? (ユキトはこんな撫で方だったっけ?) 「ひゃっ」 「すまないね、起こしてしまったね」 パチリと★ 目が合ったのは…… 「ハルオミ……さん?」 「うん。手が冷たかったかい」 こくりと頷いた。 大きくて、ちょっと冷たい手が俺の額を撫でてくれる。 「まだ熱が高いみたいだ。起きてはいけないよ」 「うん……」 まだぼぅっとしている意識の中で、離れていったハルオミさんの手が名残惜しい。 (このまま……) 部屋を出てしまうのかな? (風邪がうつるといけない) だから当然だ。 ハルオミさんは国家の中枢を担う人だ。 副総理の変わりはいない。 だから、あなたを絶対に倒れさせてはいけない。 (我が儘言っちゃ……だめ) 「かつて、私を倒そうとしていた君のくせに」 声が返ってきた場所を見つめた俺は塞がれる。 「国家を壊そうとしたシルバーリベリオンの君が、αを守るのかい?」 塞がれたのは視界じゃない。 俺が守りたいのはαじゃない。 αの専横する世界でもない。 あなたが生きる世界 そこに、俺の生きる場所を見つけたから。 戦争で失われた命が、これからも生き続ける場所を守らねばならないから。 心の在処(ありか)を……… 「政府要人は、例え欠けても政が停滞する事はあってはならない。次席が代わりを務める。それが正しく機能するのが、健全な国家だ。けれど……」 俺の口は塞がれている。 「君の夫の代わりはいない」 塞いでいるのは、あなたの手じゃない。 「君に『寂しい』なんて言わせる夫にはならないよ」 唇でもない。 俺の口を塞いでいるのは、柔らかい…… 「ふもふも」 フフっと笑った吐息が額を撫でる。 ガーゼの上から人差し指を一本、置いてあなたは囁いた。 「ハルオミ特製マスクだよ」 深い深い海の色の眼差しが落ちてきた。 「どうだい?付け心地は?」 頷くのが精一杯。 このマスク…… 「もちろん私の手縫いだ」 「でもハルオミさん、国会が」 離れた指の合間から声を紡いだ。 「あぁ、そうか。国会中に縫えば良かったね。君への愛が全国放送されるよ!」 「もう」 冗談めいた言葉に笑みが零れた。 「不器用だからね。縫製は上手くないが、君が喜んでくれて良かったよ」 休憩の時間でチクチク、チクチク塗ってくれたんだ。きっと。 「ほんとは、俺が……」 渡さなくちゃいけないプレゼントで。 今日はハルオミさんの誕生日で。 あなたの生まれた日を祝って。 あなたが俺に出逢ってくれた事を祝いたかった。 なのに俺はベッドの住人で、今日は大切な日なのに、あなたに何も渡せない。 「……じゃあ、私は君からこれを頂こうか」 深海の瞳が落ちてきた。 睫毛と睫毛が触れ合う距離まで。 (俺は……) ハルオミさんとキスしてる。 ハルオミさんのマスク越しに…… 「本音を言ってしまうと」 深海の眼差しが水面(みなも)に光を落として凪いだ。 「君とキスがしたくて作ったんだよ」

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