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第4話 茎田くんの悩み②

 昼休み、いつもの面子で集まって弁当を食べていた。茎田(くきた)花森(はなもり)根井(ねい)草野(くさの)葉月(はづき)の5人である。  クラス委員の葉月の席を中心に集まり、適当に空いている椅子を引っ張ってきて適当な場所を陣取る。もっとも花森は葉月の後ろの席で、根井は花森の隣の席なので遠くからやってくるのは茎田と草野の二人だけだ。  彼らは全員が特別仲がいいわけではないし、一人行動も平気な人種だが、ひとりぼっちで食べているとなにやら周りから気を遣われるため――特に教師や女子が気にするらしい――なんとなく集まっているのだった。  なので食事中に会話を楽しむわけではないし、集まるだけ集まって黙って過ごすこともある。(ちなみに普段はほとんど茎田が一人で喋っており、花森がそれを聞いてあげている)  しかし今日は珍しく花森が一番に口を開き、茎田と草野に対して質問した。 「茎田と草野、さっきの休み時間ふたりでなに話してたんだ?」 「え!?」 「ああ……ぼくの読んでる本のタイトルは何って聞かれた」  過剰に反応した茎田の態度を誤魔化すように、草野はさらりと答えた。花森本人に聞けないことをわざわざ聞いてきたのだから、知られたくないだろうという草野の気遣いだ。 「ふーん……茎田、草野の読んでる本に興味とかあったのか?」 「えっ、えっと、うん。なんか、表紙が面白そうだったから!」  そんな草野に感謝しつつ、しかしその気遣いを一瞬でブチ壊すほど、誤魔化すのが下手な茎田であった。 「……ちなみに、何読んでたんだ?」 「三島由紀夫の『金閣寺』」  花森は茎田に質問したのだが、きっと答えられないだろうと察した草野が横から即答した。しかしあからさまにホッとした茎田を見て、少々呆れ顔になったのだった。 「面白そう、ねぇ……」  もはや茎田と草野が何かを隠しているのはバレバレだったが、花森はふうと溜息を吐くと、ここで聞き出すのは諦めたようだった。  何故か茎田の隣に座っている根井がソワソワしていて、落ち着かない。 「――なんだ根井、さっきからそわそわして。トイレならさっさと行けばいいだろう」  委員長の葉月がピカピカのメガネを光らせて、眉間に皺を寄せながら根井に言った。 「お、おう……じゃ、茎田付き合えよ」 「はあ~? いまどき連れションとか小学生かお前! つーか俺いまおしっこしたくないんだけどぉ」 「いいから来いッ!!」 「は、はい」  何故か根井のテンションが怖くて、素直に返事をしてしまった茎田だった。 *  トイレに入っても根井は用を足すそぶりはなく、いきなり茎田に尋問した。 「おい茎田、おまえ草野と何の秘密持ってんだよ!?」 「え? ひ、秘密なんてなにもないぜよ??」 「ヘタクソか! バレてんだよ! 別に俺はおまえの秘密なんてどうでもいいけど、花森はそうはいかねえだろうがッ!」 「なんで根井が花森のことを心配するんだよ?」  はっ……  一瞬微妙な空気がトイレ内に流れたが、根井は二人が付き合っていることを気付いているが知らないふりをしているので、その質問は流すことにした。 「花森は友達だからだよ!」 「そっか! ……ん? 根井って俺とは友達じゃねえの?」 「とーにーかーく、花森の前であんなあからさまな態度を取るなよ、俺は残り少ない学校生活を平和に過ごしたいんだ! 花森に言えないような隠しごとがあるなら誰かに相談するなりしてさっさと解決しろ! 気の毒で見てられないんだよ。つーか超怖ぇし」 「なんで根井が花森のことを気の毒がるんだよ?」 「友達だからだよ!!」  だから俺のことは友達と思ってないのかよ――と茎田はしつこく食い下がろうとしたが、解決しろと言われて思い出した。 「そういや根井、桜井って女子知ってるか?」 「突然だな!? 桜井……ああ知ってる。隣のクラスの子だろ、たしか花森の元カノ……」  そこまで言って、根井は茎田と草野の秘密の会話の内容に察しがついたようだった。 「え、茎田、もしかして」 「顔わかるか? どの子なのか教えてくれ!」 「ちょ、待って、なん」  茎田は嫌がる根井をぐいぐいと引っ張ってトイレから出た。そして根井は、やっぱり関わるんじゃなかった――と心から後悔したのだった。 * 「なあどの子だ? 今教室いる?」 「隣のクラスを堂々と覗くなよ! ……あ、いた。隅っこの席で3人で弁当食ってる髪の長い子だ」 「ほお~う、どれどれ?」 「……」 「へえぇ~」  花森の元カノ、桜井は端的に言って美人だった。制服は一切着崩さず、長い髪はハーフアップで纏めてある。毛先は巻いているのか、そこだけウェーブが掛かっていた。 あまり大きく口を開けて笑わない、まるで大和撫子の見本のような女性だった。 「まあ俺らにとっちゃ高嶺の花ってやつだな……つうかお前が桜井さんを知らないことにびっくりしたんだけど。彼女結構有名じゃ――」 「イケそうにない女には興味ないんだ!」 「あっそ……」    根井はちらりと茎田の横顔を盗み見た。何故急に花森の元カノなんかに興味が出たのだろう、と疑問に思ったのだ。 茎田は(失礼だが)顔に似合わず嫉妬深い性格なのだろうか、と推測する。  根井は茎田と二年と数ヶ月来の友人ではあるものの、色恋沙汰にはお互い全く縁がなかったため、茎田のこういう一面を見るのは初めてだ。  茎田はいま、いったい何を考えているのだろう。  珍しく真顔でいるから、根井の観察眼を持ってしてもその内情は読めなかった。  ――別に元カノに嫉妬なんかしなくても、今の花森はわかりやすいくらいお前のコトだけが大好きじゃんか――とうっかり言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。 「……ああいう子と付き合ってたのに、何で俺なんだろ……」 「え?」  茎田がぼそっと独り言をこぼし、根井は思わず聞き返したが、次の瞬間にはもう茎田はいつもの笑顔になっていた。 「よし、教室に戻ろうぜ! 根井と連れションならぬ、連れグソしてるって思われるのイヤだしな!」 「おまえな……今食事中の人もいるんだからちょっとは自重しろよ……」 「わりーわりー!」  結局根井は、茎田の真意を推し量ることはできなかった。  そして茎田は――ますます、悩みが深くなってしまった。

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