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第5話 茎田くんの悩み③

「茎田、帰るぞ」 「おう」  ホームルーム終了後、いつものように花森が茎田を誘った。いつも茎田は能天気に返事を返すのだが、なんとなく今日は、花森の前でだけうまく笑顔が作れない。  昼休みの一件もあり、花森に何かしらの懸念を抱かせているのは分かっているが、どうしても本人には聞けないのだった。  いまさら元カノに嫉妬しているわけじゃない。  なけなしのプライドが邪魔している、というわけでもない。  ただ、花森の本音を聞くのがこわい、と思った。 *  花森も茎田も徒歩通学だ。校門を出てからの数分は他愛ない会話を交わしていたが、周りに同じ高校の生徒の姿が見えなくなった途端、花森の話が変わった。 「――まだるっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うな。お前と草野が休み時間に話してた内容、お前と根井がいないときに草野から聞いた」 「うぇっ!?」 (草野のやつ、俺を裏切りやがったな!! ……って、別に花森に言わないでくれって約束してたわけじゃねえけど……) 「あ、だからって草野を責めんなよ。あいつ一見何の興味もなさそうだけど、一応お前のこと心配してたからさ。俺に話すのも珍しく戸惑ってたくらいだし……」 「お、おおぅ……」 (心配してくれてたのか……。草野って、本当に何考えてるかわかりにくいよな……つーか素顔も見たことねぇ気がする。今度前髪めくったろ) 「――それで、別に隠すことでもないだろ? 俺に直接聞けばよかったのに、俺の元カノのことなんて」 「う……おまえに聞きにくかったから、草野に聞いたんだろ!」 「なあ茎田、なんでいきなり元カノのことが気になったんだ?」  ぶらぶらとしていた右手にふと花森の手が触れて、そのままギュッと握られた。  茎田は反射的に花森を見上げたが、その顔はどこか嬉しそうだった。 「……なんでニヤけてんだよ?」 「えーだって、元カノのことを知りたがるなんて俺って愛されてるなって思って? 要するに、嫉妬してくれたってことだろ? ほんっとかわいいよな、茎田」 「……」  茎田は花森の言い分にポカンとしてしまった。  元カノに嫉妬なんて――そんなのとても烏滸がましいというか、考えてもいなかった。 「え……何だその顔。もしかして、違う?」  せっかく花森が嬉しい勘違いをしてくれているなら、そのままにしていても良かった。  けれど。  それではこの悩みは、一生解決しない。  茎田はふと足を止めた。 「……あんな綺麗な子と付き合っていたなら、なんで」 「え?」  二人の影が揃ってコンクリートに伸びているのが、なんだか切ない。 「なんで俺が好きなんだよって……」  言って、しまった。 「……茎田」 「ごめん。でも俺、どうしても」  花森に見えないように、唇をぎゅっと噛んだ。  好きになって貰える理由が分からないなんて、なんだかみじめだなと思った。 「茎田」 「だってどうしてもわかんねぇんだよ!」  茎田は繋がれていた手を振りほどき、花森を追い越して商店街に向かって走った。 「茎田!? おい、待てよ!!」 「いやだ!!」 「いや、ヤダっつってもつかまえるけど!?」 「うおっ!?」  花森の方が茎田より足が速いのであっさりと捕まった。 「不穏なこと言い残して逃げんな、バカ!」 「どうせ俺はバカだからいくら考えてもわかんねぇよ!」 「はあ!? いやだから、分かんねぇならなんで俺に聞かねぇんだよ!」 「だってこんなの、おまえには聞いたらいけない気がして!」 「……なんでだよ?」 (なんで? そんなの……) 「……おまえの気持ちまで、疑いたくなかったからだよっ!」 花森は一瞬、ポカンとした顔をした。 茎田は顔を真っ赤にして、ぎこちなく続ける。 「おっ、おまえがおれのこと、好きっていうのは、ちゃんとつたわってっから……!」  付き合い始めてから毎日浴びせられる、優しい態度、甘い視線、擽ったい言葉たち。  花森の気持ちは、身に染みるほど茎田に伝わっているのだ。 「茎田……」 「でもその理由がわかんねぇから、なんかこう、きもちわりーっつうかよ! 理由が分からないと怖ぇだろ!? ユーレイとかもさぁ」 「……とりあえず、ここからは俺んちの方が近いから今から行くぞ」 「は?」 「誰にも邪魔されないとこに行きてーんだよ」 「……」 茎田は花森に手を引かれて――というか、引っ張られながら歩いた。 足取りがひどく重くて、まるで散歩に行くのを嫌がっている犬のようだった。 * 「――ったくほんとに、バカだろおまえ」 花森の家に連れてこられて中に入るなり、暴言を吐かれた。 「はあ!? そんなの言われなくても知ってっし!」 「ほんっとにバカ、アホ、ボケだな。俺がおまえを好きな理由が分からないなんて、おまえの目は節穴か?」 靴を脱いで、そのまま二階の花森の部屋へと連行された。 ここに来るのはあの真夏の日以来二度目だ。 「好きな相手にそこまで言うかっ! どーせ節穴だよ! でもホントに、」 「だからさ」 「うわっ!」 花森にドンと胸を突かれ、後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。そのまま花森が乗っかってきて、両腕をシーツに縫い付けられて身動きが取れなくなった。 「おまえだからだろ」 「……は?」 「バカでアホでボケでマヌケだけど、俺はおまえだから好きなんだよ」 「悪口が一個増えたァ! ……って、え?」 ベッドで密着しているのに色気のかけらもない茎田の態度に、花森は思わず噴き出した。 「ぶはっ! ……だから、そういうとこも」 「え、え?」 「かっこよくもねえし頭も悪いし要領も悪いけど、それが俺の好きなおまえだから」 「え……と、つまり、花森はバカ専なうえにブサ専だと……」 「おいコラ。元カノ見たんだろーが」 「あ」 間抜けな顔で見上げてくる茎田に、思わず今度は苦笑が漏れた。 「なんでわかんねーかなあ……あ、バカだからか」 「だから何回もそう言ってんだろお!」 怒りと困惑で真っ赤な顔で叫ぶ茎田の頬に、花森はそっとくちづけした。 「えっ」 「……おまえの、バカなところが好きだ」 目は意地悪く笑っているのに、優しいキスとその言葉で、茎田の顔はさらに赤くなった。 「俺、おまえのことブサイクだなんて思ったこと一度もねーぞ。特別にかっこいいわけでもねえけど、笑うと顔がくしゃってなって赤ちゃんみたいでめちゃくちゃカワイイし」 「え、そう……か? フヒッ」 急に褒められて、茎田は嬉しさを隠せずオタクのように気持ち悪く笑った。 「その顔は可愛くねぇよ……。それと感情がすぐ顔に出るところとか、単純な性格も好きだ」 「あ、ありがとーう……」 「ありがとうじゃねーよ。おまえがなんで俺に好かれてるかわかんねえっつーから懇切丁寧に教えてやってんだろーが。あとで俺の好きなところも聞くからな!」 「うぇっ!?」 「なんだよ、俺の好きなところだってあるだろ!」 「ま、まあな……」 早急に考えなければ。自分も花森の好きなところを……顔以外で。 しかし茎田に考える余裕など与えないように、花森は茎田のシャツの中にそっと手を差し込み、いやらしい手つきで肌を撫でてきた。 「あッ」 「感度がイイトコロも好きだし、触ったらすぐツンってなる乳首も可愛くて好きだ」 「ちょま、ちょ、待てって!」 茎田が制止しても花森の手は止まらず、器用に茎田のズボンを脱がして下着の中に手を突っ込んできた。 密着していることで既に反応しかけていた茎田自身をシュッシュッと右手で擦り始める。 「もちろんココもな。けっこうデカいよな? おまえの。俺のがデカいけど。女なんかに……いや、誰にも使わせてやんねーけど」 「あ、あっ、やめ……ァ!」 「とにかく、俺はそのままのおまえが好きなんだよ。おまえだから好き。おまえじゃなきゃ好きじゃない。それだけ。分かったか?」 「わ、分かったからァ……!手、離しっ……」 「やーだね」 茎田自身はすでにトロトロと先走りを垂れ流し、いやらしい水音が聞こえてきた。 自分の気持ちいいところを全て把握しているような花森の手に、茎田は腰をくねらせて快感を逃がそうとする。しかし、それもまた気持ちいいだけだった。 「や、そんなに激しく擦ったらすぐイっちゃ……あ――っ!」 茎田が手の中で絶頂に達し、次は自分の番とばかりに花森は前を寛げようとした。 ――そのときだ。 「(しょう)ー!? お友達が来てるのー?」 「げっ!」  花森の母親が仕事から帰ってきたらしく、玄関先から呼ぶ声が聞こえて、行為は強制的に中断となった。 茎田は慌てて身なりを整え、花森は茎田の出したものをティッシュで拭い、換気するために窓を開けた。 イイトコロを家人に邪魔されて花森はちっと舌打ちしたが、茎田はホッとした。イカされてしまったが、何せ帰宅してまだシャワーすら浴びてない状態だったので、これ以上のことはされたくなかった。 でも……。 『おまえだから好き。おまえじゃなきゃ好きじゃない』 (そっか……俺だから好き、か) さきほどの花森の言葉が嬉しくて、思わず洩れてくる笑みを抑えることはできなかった。 「……悩み、解決したかよ?」 「うん! ありがとな、花森!」 「うぅっ」 不意に向けられた茎田の笑顔があまりにも眩しくて、その後花森は暴走してしまいそうな自分を抑えるのに必死になった。 茎田くんの悩み【終】

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