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第9話 退院
「新学期に間に合って良かったね」
担当医に笑いかけられ 本当は俺だって喜ぶ場面の筈なのに、苦笑いしか出て来なかった
「…はい…ありがとうございます」
ギプスが取れて 久し振りに足が軽い
でも心は重く、そして憂鬱だった
「永遠様 お忘れ物等はございませんか⁇」
執事の橋本は 星都家に住み込みで働いてくれていて、忙しい両親やフラフラしている弟よりも俺といる時間はずっと長い
ロマンスグレーの整えられた髪と銀縁眼鏡は、ジェントルマンな雰囲気を醸し出しているが 怒らせると 笑顔で迫って来るのが小さい頃からトラウマ級に怖い
今回も かなり責め立てられた
「…うん」
ガランとした部屋に 病室の海音の姿が思い浮かんだ
昨日、今日退院する事を告げたら 一瞬すごく悲しそうな顔をしたのが忘れられない
直ぐに笑顔で『おめでとう 良かったね』って言ってくれたけど…
「…永遠」
か細い声が聞こえて 入口の方を振り返ると、ドアの所から覗き込む様に 海音が立っていた
「海音!!」
俺が駆け寄ると 海音はギュッと俺の袖を掴んだ俯いている為 その表情は確認出来ない
後ろにいた橋本を振り返ると 軽く頷き、静かに俺の荷物を持って部屋を出てくれた
こういう所は 流石だなと思わざるを得ない
「海音…今日 出歩いて平気なのか⁇」
「うん…ちょっとなら平気…」
「そっか…その…お見舞い来るから!!
ここ 俺の学校から近いんだ!!」
「…本当⁇」
「本当だって!! 絶対来る!!
取り敢えず 明後日の始業式の後 来るから!!」
俺の言葉に 海音はやっと顔を上げて、いつもの笑顔を向けてくれた
「…嬉しい…ありがとう」
「全然…俺も 海音に会いたいし…」
「…永遠」
笑っているのに どこか哀しそうにも見える海音の表情に、胸の奥が騒つく
無意識に手を伸ばしていたその時、ガラッと病室のドアが開いた
お陰で俺の動きは止まり 海音に触れる事は無かったが、何と無く腕を後ろに隠してしまった
「あら⁇ 永遠君まだいたのね⁇ ごめんなさいね
海音君 お見送りに来てたの⁇」
「あ…はい…もう戻ります」
看護師さんが部屋を片付け始めた為、部屋を出て 病室まで海音を送った
「ありがとう 永遠」
「全然…じゃあ…またな」
「うん…」
小さく手を振る海音に 俺も振り返すと、エレベーターまで戻り ロビーで待つ橋本の元に戻った
「ゴメン お待たせ」
「とんでもございません、では 参りましょうか」
「うん…」
後部座に乗り込むと ミラー越しにジッと見られている事に気が付いて「何⁇」と声を掛けた
「いえ…
入院してから 雰囲気が少しお変わりにになられたと思っていたのですが…気のせいでは無かったようですね」
フッと笑う橋本に 何となく恥ずかしくなって、顔を窓の方に向けた
車が走り出し 遠くなっていく病院
あの建物の中に居る海音の事も 今日会えなかった陸也の事も、二人の事を考えると 無意識に息を吐いていた
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