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第1章5話 恋
「やっぱり白にするべきだった」
次の週の月曜日。
朝から三回着替えて城野が選んだのは薄いブルーのシャツだった。
散々迷った末に決めた癖にもうその選択を後悔していた。
「彼には白が似合う」
後からトイレに入って来た学生は、手洗いスペースを長く占拠し続ける韓流スター並のイケメンが、溜息をつくのを横目で盗み見てそそくさと一様に去って行った。
*
「筒井くん」
講義が終わって、いつもの様に立ち去ろうとする背中に城野は声をかけた。その声は自分でも分かる程緊張で震えていた。だからその名前の持ち主の背中が、ぴくりとも反応しなかったことに城野はむしろほっとした。けれど今ここで、振り向いてもらえなければ、もう二度と話す機会は失われそうで
「筒井くんっ」
縋りつくようにもう一度名前を呼んだ。その呼びかけに教室から出て行こうとしていた背中はやっと立ち止まりそして、振り返った。
「もしかしたら先週これを落としたんじゃないかな、と思って」
シャープペンを差し出す城野を見た彼は
「……あっ」と、声とも息ともつかないような呟きを発して数秒、目の前の美貌を見つめた。それからゆっくりと視線を差し出された手に落とすと
「ありがとう。確かに俺のシャープペンだ。
だけど俺の名前は……
「いつもほら、あの辺に座ってるでしょ?出席とる時に筒井って呼ばれてたから。だから名前知ってた」
相手の言葉を遮って、聞かれもしていないことを喋り出したのは、隠したいことが多過ぎるせいだ。
知り合う前から名前を知っていたこと。
もうずっと前から見ていたこと。
彼が立ち去った席で拾ったこのシャープペンを大事に持っていたこと。
話が出来るチャンスに胸が高鳴ったこと。
少しでも好ましく彼の目に映りたくて今朝、三度も着替えたこと。
「そっか。でも俺の名前は……」
そこまで言って彼は下を向く。
そして小さく頭を左右に振って何かをふっきったように顔を上げた。
「で、お前の名前は?」
「城野。城野由貴 」
「…………」
「どうかした?」
「何でもない、城野、ありがとな」
ーーお前、名前まで男前なんだな
そう言って笑った彼の白い歯に訳もなく心が痛んだのは
多分もう恋に落ちていたから。
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