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第1章最終話 雨、その前に

別に特別な理由があって隠そうとしていたわけじゃなかった。 ただ 「筒井くん」 と自分を呼んだその青年の名前を自分はもうずっと昔から知っていて、時々思い出して温かな気持ちになっていたから、忘れられていたのが寂しい、と言うよりも自分の名前を聞いた時の彼の反応を見るのが少し怖かった。それだけ『城野由貴』という人間は彼、坂下ゆづるにとって特別な存在だった。 図書館でうっかり『坂下』と自分を呼びそうになった親友の口を塞いで連れ出したのも、 たとえ彼の記憶の中に『坂下ゆづる』という人間がもう存在しないとしても、自分の本当の名前を告げるのは自分自身でありたかった。だからこの次会った時こそ名乗ろうと坂下は決めていた。 「いやーだけどさ、評判良くないよ?あいつ」 「お前、俺のこと噂に左右されるような、そんな奴だと思ってるの?俺はいつだって自分の目で判断するよ」 親友の軽口くらい、いつもの坂下なら咎めることなく、笑って許したはずだった。だからそんな坂下の様子を見て親友も驚いた顔をした。 「悪い」 ーーアイツのことになると俺はダメだな それがどういう感情なのか名前を探してみたけれど たどり着いたその名前に坂下自身が戸惑って 今にも雨が降り出しそうな曇り空の下 「ゆづ、ゆづ」 と、いつも自分の後ろをついてきた王子様というよりもお姫様みたいに可愛かった少年を想った。 「大きくなったらまた会おうね」 ーーその約束を ーー彼はもう覚えてはいないのだろうか?

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