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第2章1話 再会

離れていた月日の分だけ余計に愛しくて。 空白の時間を埋め尽くしたくて…… あの日、 「坂下ゆづ……る?って、ゆづなの?か?」 亡霊でも見たかのように城野の瞳は揺れていた。 「あれ?城野、なんでお前がここに?なんだよ、お前顔色悪いぞ?大丈夫なのか?あっそうか、ここ病院だもんな」 ひとり納得してあははと笑う坂下は、けれどその後、自分を見つめるキャラメル色した瞳に閉じ込められて、すぅぅと笑いを収めた。そして真っ直ぐに城野を見つめ返して 「うん。そうだよ」 と言った。 * 会計を済ませて病院を出ると、雨は止んでいた。 タクシー乗り場を探して、彷徨わせた視線の先に、彼は立っていた。病院の壁から少し身体を離し、ほんの僅かでさえも、もたれ掛かろうとはしない立ち姿。 その綺麗な姿勢に見惚れて、しばらく声もかけられないままで、ただ見つめていると彼はまるで城野の視線に気付いたかのようにこちらを向いた。 締め付けられるくらいに苦しいのは、求めてたいた彼が記憶のままに、望んだままにそこに存在するから。 けれど、名乗ってはくれなかった。名前を間違えた自分にそうじゃない、『坂下』なのだとは教えてはくれなかった。 その事が城野をより深く苦しめる。 「雨、止んだな」 「……」 たったそれだけ彼が言った。 「どうして?」 声が震える。 ーーどうして、名乗ってくれなかったのか? 客待ちのタクシーの横をふたりはそのまま通り過ぎて行く。 初夏にはまだ早い雨上がりの匂い。 「お前、怒ってる?」 突然坂下は尋ねる。 何を、とは言わない。 「ごめんな。すぐに俺だって言ってやれなくて……だけど……な、お前のせいでもあるんだから……」 そこで坂下は言葉を濁す。 その先が聞きたくて。城野は立ち止まり「なんで?」と言うように首を傾げてみせた。釣られて立ち止まった坂下は瞬間、その美貌に目を奪われて動けなくなる。まるで世界にふたりしか存在しないみたいに数秒見つめ合った後で、先に視線を外したのは坂下だった。そして少し尖った声で言った。 「俺は直ぐに分かったよ。お前のこと、由貴ちゃんだって。だけどお前は忘れてるみたいだったしさ、だったらまた真っ白から始めるのもいいかなって」 「オレもすぐ分かったよっ」 「嘘つけー『筒井くん』とか言ってたくせに」 「だってそれは」 「あはは、そうだよな。俊の代わりにあの講義出てるんだよ。出席うるさいだろ?あの講師」 屈託無い笑顔で坂下は続ける。 「あいつ、あの時間バイト入れてる癖にどうしてもあの単位がいるらしくてさ。だから俺が出席して代返してやってんの。代わりに昼メシ奢ってもらうって条件でな」 彼の口から「俊」と言う名前が出る度に叫び出しそうになる。 ーーオレなのに ーーゆづの隣に、一番近くにいるのはオレだったはずなのに 「この前、お前も会ったろ?図書館で。あいつだよ、筒井俊介」 今度紹介するよ、なんて言うから。 本当に嬉しそうにそう言うから、城野は与えられた友達という顔で仕方なく 「ああ」 と答えた。 俯くと水溜りに映った空が泣きたいくらい綺麗で。 泥水がはねた自分の靴は、余計に汚く惨めたらしく見えた。

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