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第2章4話 再会、それからのあとに
「面白くなかった?」
映画館を出た後、無口になった坂下に城野は心配そうに聞いた。
「いや。すげー面白かった。コメディーホラーだって聞いてたから正直あんまり期待してなかったんだけどな。城野はどうだった?」
「うん、面白かった」
「だよなぁ、後半のネタバレのシーンなんて最高に笑った」
俺らの話し聞いたら俊の奴、悔しがるぜ。あいつが一番観たがってたから」
本当は三人で観に来る予定だった話題の映画だが、言い出しっぺの筒井から当日行けないと連絡が来た。
「ドタキャンしやがって」
同意を求めて、なぁ、と笑う坂下の笑顔から城野はスッと視線を外してしまう。
その意味が分からずに
ーーなんで?
戸惑う坂下は城野の心が知りたくてその横顔を見つめる。そのせいで前を見て歩くのを怠ってしまう。
ドンっ!
突然肩に強い衝撃を感じた。
そのまますれ違っていこうとする人物の肩をグイッと城野が引き戻した。
「ちょっと、アンタ黙って行くつもり?」
静かな怒りを感じる低い声に
ぶつかった相手は怯えた表情を見せる。
「この人に謝れっ!」
「城野っ」
「ゆづ、大丈夫?痛かったよね?」
「お前、大袈裟だよ。あっ、すみません。なんともないんで、行って下さい。」
いつの間にか周囲の視線を集めていることに気付いた坂下は、今にも掴みかかっていきそうな勢いの城野を窘め、ぶつかった青年に笑顔を向け城野から解放した。
一方的に相手に非がある訳ではなかった。
自分だって前方不注意だ。
だから謝罪されるとなんだか心苦しく
「すみませんでした」
と、逃げるように立ち去ってしまった青年に対して、申し訳ないような気持ちにすらなった。そんな坂下の隣で、そもそもの原因を作った男は、美しい眉を寄せて忌々し気に同じ青年の背中を睨み付けていた。
「あーぁ、完全に怖がらせちゃったよ。」
冗談めかして言うと
「ゆづにぶつかっておいて、黙って行こうとするなんて許せない」
坂下を見つめる瞳は切なく揺れた。
「お前ね……」
ーーそんなに好きか?俺のこと
いつもの軽口のつもりだった。
なのに。
言葉にした瞬間に、それは今までの二人の関係を変えてしまうかもしれない危険な問いだったと気付いた。だから慌てて
「ごめん」
と。
だけど謝るなんてかえって変だと一秒後には思うから、言った後には沈黙だけが残される。こんな時、俊がいてくれたらと思ってしまうのは、どこかであの底抜けに明るい親友に甘えているからだろう。
「ゆづは、いつも謝るね。謝らなくていいよ。オレはゆづのことになるとちょっとおかしくなる」
「城野……」
「そうやって、苗字で呼ばれると悲しくなるのをゆづは知ってる?なんで?……どうして昔みたいに呼んでくれないの?……筒井のことはいつだって俊って名前で呼ぶのに」
ーー動けない
ーー身体も心も
泣きそうな表情で自分を見つめる瞳。
自分より背も高く、きっとそのしなやかな細身の身体には、薄く綺麗な筋肉が付いていて、力だって自分よりずっとあるだろうに。そんな子供じみたこと言う男が切なくて可愛くて、坂下は人目も憚らず引き寄せて、抱き締めてしまう。
「ゆづ?」
「城野……ユキ」
そして自分のものか城野のものか分からない心臓の鼓動を感じながら、坂下はゆっくりと意識を手放した。
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