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第2章8話 ほころびて
「一緒に」
と、言った男をベットに残して坂下はシャワーの下に立った。真っ白なバスルームは手入れが行き届いていたが、その冷たい清潔さにぶるっと身を震わせて坂下は、シャワーの湯の温度を上げた。ボディーソープを泡立てるとさっきまで自分を抱き締めて離さなかった男と同じ匂いが立ち込める。
「ユキ……」
湯気の中で名前を声に乗せると、それはバスルームに反響して、その持ち主と同じように坂下を優しく抱き締めた。
途端に反応する自身にいけないと分かっているのに、触れてしまうのは男の本能からで
「ユキ」
名前を呼んでしまうのは恋心からだった。
昨夜の男の手淫の記憶を追いながら、指はそれを真似ていく。
快感を追いかけて浅くなる呼吸。
「ちくしょう……はぁはぁ……俺、こんなとこで……何やって……くっ……」
それでも手は止まらい。
「ユキ……ユキ……っう……あっぁ」
白濁を受け止めた男の綺麗な手を想いながら坂下は果てを目指した。
*
「お前、まだそんな格好してるのか?」
バスルームを出ると未だだらしなくベットに寝そべる男に声をかけた。
「だって、ゆづが一緒にシャワー浴びさせてくれなかった……」
「はいはい、ごめんごめん、悪かったよ」
拗ねる男をなだめながら掌を開いて見せる。
「お前、穴開けてたっけ?」
それは淫らな行為の形跡を流し去る時に排水口付近で見つけたものだった。
「なんか、すげー高そうだなこれ。ほら、もう落とすなよ?」
坂下が喋り続けるのは、人様の浴室、しかもホテルの様に美しく清潔なそこで、猥褻な行為をしてしまった疚しさからで、城野が喋らないのは、大切な想い人に嘘をつけないからだった。返事をしない城野を不審がる余裕がその時の坂下にはなかった。それよりも、自分の行為をまるで見られていたみたいに感じられて。だから早く手放してしまいたくて。ガラステーブルの上にそれをそっと置いた。
坂下の様子を探るような視線で見ていた男は、ベットから降りると裸足のままで坂下の側に寄る。
けれど、触れない。
「なんだよ?」
じっと自分を見つめる目に問いかける。
「ん?どうした?」
そう言って坂下が髪に触れると男はビクリと身を引いた。
「お前、ちょっと変だぞ?大丈夫か?」
薄い色の髪をよしよしとする様に撫でてやると、男は甘えるように再び身を寄せて、坂下の腰に腕を回し後ろで両手を繋いでしまう。
もう坂下は逃げられなくなる。
「何があっても離れないで」
「当たり前だろ?」
頬に触れる。
「お前こそ、離れるなよ?」
「ゆづ……ゆづ……」
ーーアイシテル
抱き合う素肌は触れた場所から熱を生んでそのまま下半身に伝えていくから、さっき果てたばかりの雄はまたしても勃ち上がっていく。
甘い空気のままに始めた口づけは濃厚になっていく。
「ゆづ……」
吐息まじりに名前を呼ばれて腰から力が抜けていく。そのまま身体を抱き上げられそうになって坂下は慌て城野を制止した。
「ユキ、お前も早くシャワー浴びてこいよ」
「ゴメン。がっつき過ぎた」
けれど閉じ込めた腕は緩まない。
「嫌いになった?」
「はっ?!なる訳ないだろっ!お前はなぁぁぁ、さっさとシャワー行け〜」
ぽんっと肩を叩いて坂下は男をバスルームに追い立てた。
ひとりになって振り返るとさっき自分が置いたピアスが青く見つめていた。
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