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第2章9話 ひび割れて
衣類を身につけていると突然寝室のドアが開いた。
当然、城野だと思った坂下の笑顔は固まる。
「城……
野、と言いかけていた相手の声も途切れた。
「ごめんなさい。えっと……城野は……?
突然の侵入者は着替え途中の坂下に気付いて視線を逸らして尋ねた。
「あっ、いや。こっちこそごめん。えっと……ユ、し、城野は今シャワー浴びてて」
急いでシャツのボタンをとめながら坂下は答えた。
そして三番目のボタンをとめ終えて改めて彼女を見る。
とても美人だ。
スラリとしたスタイルにセミロングの茶色の髪とアーモンド型の目。
「いつもなら、ノックするんだけど、大事なものをここに落としたかもしれなくて、慌てていたの。ごめんなさい」
顔の前で両手を合わせて「本当にごめんなさい」と彼女はもう一度謝った。
そんな彼女は美人だということを抜かしても充分に魅力的で、ほんのわずかな言葉のやり取りで坂下は好感を持ってしまう。
けれど、彼女の纏う空気は突然変わった。
「ねぇ、貴方。城野に、本気にならない方がいいよ」
アーモンドの目に乱れたベットを映しながら彼女はそう言った。
さっきまでの慌てていた様子はすっかり消えて、温度のない冷静な声だった。
放たれた言葉の意味を頭の中で反芻してみる。
首筋に感じるレーザービームの様な鋭い視線。
瞬間、嫌な予感が胸を埋め尽くす。
「あの人ね、誰とでも簡単に寝ちゃうけど、私の友達とでも寝ちゃうような人だけど、大事にしてる人がいるの。だから自分は特別だとか思わない方が身の為よ」
軽蔑と哀れみの感じられる硬質な声で宣告されて、予感は当たっていた、と知る。
「君が探してるのって、あれじゃないの?」
坂下はやけに重く感じる腕をあげて、ガラステーブルを指差した。
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