20 / 64

第2章10話 傷ついて

冷たい鉄の柵を両手で掴んでまっすぐ前を見つめる。 「だからやめとけって言っただろ?って言わないのか?」 視線を動かさないままに坂下が男にそう言うと隣の男はあははと笑う。 「言って欲しいのか?」 「どうかな?自分でも分からない」 「そっか、あいつの良くない噂は山ほど聞いてた。正直、初めは心配したさ。だけどお前と一緒の時のあいつ見てるとなぁ。健気っていうのか一途っていうのか。だからその女の言うことなんて気にする必要ないんじゃないのか?」 「城野には大事な人がいる」 それは彼女自身のことではないのか? 気の強さの窺える強く光る瞳。 はっきりとした物言い。 けれど、彼女の声は心地良く、心根の優しさのようなものを感じさせた。 城野が惹かれたとしてもなんの不思議もなかった。 そして、坂下は、はたと気付く。 割り込んだのは自分なのだと。 北風が吹いて風上に立つ隣の男の短い髪を乱していく。 「寒いな」 昔から冬が苦手だった。 初冬の動物園は人もまばらで、坂下と筒井が立っているニホンザルの檻の前には、ふたりの他には誰もいなかった。 「さるだんご」 身体を寄せ合う塊を見て坂下はぽつんと言った。 「さるだんご?何それ?」 「あれだよ。ああやって温め合うんだってさ。可愛いな」 「へぇー。おっ、見ろよ。可愛くないのもいるぜ」 そう言って、筒井はどこの集団に入らずに、2匹だけで抱き合うサルを指差した。 おいでおいでよと誘う数個の目から、頑なに相手を隠す様に抱き締め合う。そして時折、歯を見せて集団を威嚇する。 「帰ろう」 何故だか見ているのが辛くなった坂下は、手摺から離した手をポケットに突っ込んで歩き出す。 「でもな、今は別の意味であいつはやめとけって思ってるよ」 後ろから声が追いかけてくる。 「別の意味?なんだよ、それ?」 振り向かずに坂下は問う。 「あいつはお前に執着し過ぎだ」 キュィィィィ サル山から鳴き声が聴こえる。 それを聴きながら坂下は俯いてフッと笑う。 ーー執着しているのは俺の方だ 電源を切っている癖に、ポケットに入れたままのスマホは坂下の未練そのもので、冷たい手を入れると、それはその冷たさより一層冷たく彼の弱さを拒絶した。

ともだちにシェアしよう!