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第2章11話 傷つけて

シャワーを浴び終えて寝室に戻ると坂下の姿はなかった。 「ゆづ?」 慌ててズボンを履き、素肌にシャツだけを引っ掛けた格好で城野はリビングへ行く。 けれど求めた姿はそこになくて、ソファに座っていたのは深月だった。 どうして彼女がいるのか。 状況が飲み込めないままで焦燥感だけが胸を埋め尽くしていく。 「お友達なら、約束があるとかで帰ったわよ」 「深月、なんで?」 「急に来てごめんなさい」 彼女が急に来るのはいつものことで、連絡もなく来ることを許していたのは城野だった。 だから彼女は何も悪くなかった。 なのに声はまるで責めているみたいに低くなる。 「ここに大事なものを落としたかもしれなくて、どうしてもそれを早く確認したかったの」 「大事なもの?」 彼女にもそんなものがあったことに、驚いている自分に苦笑して、だけどそのことを心から良かったと、素直に城野は喜んだ。 城野には大事なものなど、何もなかったから。 恵まれた出自も美貌もただ煩わしいだけのものだった。 ーーお前の顔、好きだよ その人がそう言ってくれるまでは。 なのに…… その人はここにいない。 叫び出してしまいそうになるのは、その事実が城野を傷付けるから。 「それで、大事なものは見つかったの?」 「ええ。おかげさまで」 そう言って彼女は髪を耳にかけてみせた。 彼女が探しに来たのは ーーピアス 押し殺したはずの叫び声は、もっと最悪な現実に呆気なく、堪えきれずに、城野の喉から奇妙な音になって漏れた。 すとんとソファのそばに、力なく膝をつく。 糸の切れた操り人形のみたいに。 「それで、ゆづは……」 城野の口から出たその名前に深月は目を見張る。 「ゆづは、なんて言ってた?」 「ゆづって……うそ、彼が城野の『ゆづ』だったの?」

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