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第2章22話 後悔
大学の裏門から出ているバスは、多くの学生が利用する正門からのバスと比べると、いつも驚く程空いていた。それは正門からのバスの行き先が、大型商業施設の直結する特急電車も止まる駅であるのに対し、裏門発のこのバスの終点が、各駅電車しか止まらない小さな駅だからであろう。人混みが苦手な坂下は、このバスがとても気に入っていた。
なだらかな坂道を、いくつものカーブに沿って下って行くバスの揺れに身を任せながら、ぼんやりと窓の外の景色を眺める。動物公園の案内の看板が遠くに見えた時、我慢出来ずに坂下は目を閉じた。けれど固く閉じた目に浮んでくるのは、さっき自分が酷い言葉で傷つけた男の顔だった。
あの動物公園に、いつか二人で行こうと約束をした。
ゲートの側にある大きな観覧車に乗ろうと坂下が言った時に、見せた嬉しそうな顔。
「ごめんな」
坂下が一緒に行ったの城野ではなくて、今も隣でつり革を握っている男だった。
ーーごめんな、ユキ
ー一緒に行けなくて
冬の青空に旗めく、赤いガーランド。
あの下を並んで歩こうと話した。
まるでそれは幸せなふたりの未来の象徴みたいで。
その、『いつか』が必ず来ることを信じて疑わなかったのに。
ーーごめんな、ユキ
ーー傷つけて
本当はあの日。
ピアスを拾ったあの日に、ふたりの恋は死んでいたのもしれない。
あの時もっと思ったままの感情をぶつけていれば良かったのか。
たとえ、言い合っても、喧嘩になっても、向き合い続けていたならば。
けれど、もしもあの日に戻れたとしても、同じことを繰り返す自分を知っていた。
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