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第2章13話 傷つけ合って
ポケットの中のスマホを取り出すと、暗いままの画面を見つめる。そのまま、ふぅぅと息を吐くと坂下はボタンを長押しした。浮かび上がるロゴマーク、数秒後に息を吹き返したスマホは、待っていたかのように震え出した。表示された名前に胸が締め付けられる。
いつまでも名前を見つめるばかりで、出ようしない坂下の手から、筒井はひょいとスマホを奪ってしまう。
そうして勝手に話し出す。
「あー、城野?悪かったな俺で。でもこれだけは言っとくわ。お前がどんな女をタラし込んでも俺はどうでもいいんだけどさぁー」
いつもの軽い調子で話し始めた声は急に低くなる。
「俺の親友を泣かせるなら話しは別だってこと金輪際忘れるな」
聞いていられなくなって坂下は親友からスマホを奪い返えす。
けれど耳に当てると言葉は何一つ出て来ない。
「ユキ……ゴメンな」
不意に口をついた謝罪の言葉に、どうして謝るのか自分でも分からなかった。隣の筒井がバカじゃないの?という風に呆れた顔をしてみせる。その仕草と表情が、こんな時なのに、可笑しくて吹き出しそうになる。悪い憑き物でも落ちたみたいにふっと気分が軽くなった。
「ゆづ?」
瞬間の空気の変化がスマホ越しにも伝わったのか、怪訝そうな声が名前を呼ぶ。
「黙って帰って悪かったな」
何もなかったみたいに普通に話せている自分に安堵する。
「……心配した。今、どこにいるの?」
だから同じように傷ついている男に対して、無神経なこと言ってしまったのかもしれない。
「動物園に行ってた」
まるで傷口に塩を塗るみたいに。
「動物園?」
「バスの窓から見えてたろ?」
「ひとりであそこに行ったの?」
「いや、俊とふたりで。お前、さるだんごって知ってるか?サルたちがさ……」
「そんなことどうでもいいよっ!」
聞いたこともない激しい口調で遮られて坂下は呼吸を止めた。肌を合わせて、狂おしく求め合った相手なのに、スマホの向こうにいるのは、自分の知らない他人のようだ。
「ごめん」
数秒の沈黙を城野の声が終わらせる。もしも相手が俊ならば、なんだよぉ、お前はよぉー!なんて言えたのかもしれないと、柄にもなく気を使ってか、自分から距離をとって、そっぽを向いている親友の後ろ姿を坂下は眺めた。この背中に何度も助けられてきた。噛み締める友情の有難さと持て余す恋情の遣る瀬無さに、耳にあてたままのスマホをぎゅっと握り締める。そして絞り出すように言う。
「俺こそ…ごめんな」
好きなのに「ごめん」としか言えないふたりの恋がなんだか悲しくて、坂下は澄み切った冬の空を見上げる。冷たい空気が目に滲みて涙が出そうだった。
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