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第2章17話 声を探して
重いガラスの扉を手前に引いて、学食からエントランスホールに出ると、さっきまでの賑わいは途端に遮断された。
建物の裏手にあたるこちら側から、出入りする学生は圧倒的に少なくて、ひっそりとしたホールには人影はなかった。そのせいか空気まで冷たく感じられ、坂下はぶるっと身を震わせる。
「ユキ?」
いないと分かっていても、名前を呼んでしまうのは、細身で冷淡にも見えてしまう美貌の恋人が、この寒さに震えているのでは、と案じてしまうから。
何度見回してみても、やっぱりここにいるのは自分ひとりで。
「ユキ」
坂下は最後にもう一度だけ小さく名前を呼んで、その場を去ろうとした。
一歩足を踏み出そうとした時、どこかで話し声が聞こえた気がして、足を止める。
ホールの隅に、使われていない階段があることを思い出した坂下は、声に誘われる様にふらりと歩いて行ってしまう。
「何言ってるんだ。深月は特別だよ。だから大丈夫。心配しないでオレを信じてて、いいよ」
探し当てた声の持ち主は、長い脚を片方だけ階段の下の段にかけて、こちらに背中を向けて立っていた。
ギュッと心臓が縮むのは、それがいつも甘く自分の名前を呼ぶ声と同じだったから。
自分とは違う、薄い色をしたサラサラと流れる髪。
あの髪が好きだった。
そっと指で触れると嬉しそうに目を細めて
「もっと触れて」
と、囁いた、声。
「ゆづがいてくれたらもう何もいらない。だから……」
ーーオレから離れないで
と、腕に閉じ込められて、甘い束縛に胸が震えた。
ーーユキ
呼んでしまいそうになる気持ちを押し殺して、坂下は背を向けた。
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