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第3章 思い出の眠る町で11
新しい家庭を持った父に坂下から連絡をすることは滅多になかった。
祖母の家が売れたことをメッセージアプリを使って知らせると、直ぐに電話がかかってきた。
「あんな、古い家がよく売れたな」
「基礎がしっかりしているから、リノベーションで見違えるようになるらしいよ」
「そうか」
「だから一度、帰ってこようと、思う」
「一緒に行こうか?」
「仕事、忙しいんだろ?ひとりで大丈夫だよ」
「そうか」
お互いを気遣い過ぎて、親子の会話はいつも言葉少なくなっていく。
「じゃぁ、また」
「ああ。元気でな」
「父さんも」
母さんによろしく、と、添えるべきか数秒迷うのはいつものことで。
言わずに切ってしまうのも、いつものことだった。それは
「貴方のお母さんになるつもりはないのよ。だって貴方にはちゃんとお母さんがいるものね」
笑いながらそう言って、坂下少年の存在を柔らかく拒んだ彼女に、自分の存在を少しでも感じさせてはいけないと思うからだった。
そんなことを思い出しながら、坂下はタクシーの窓から外を眺めていた。大きな道路を脇道に入ると驚くほど昔と変わらない風景が、そこにはあった。
タクシーから降りて、表玄関が見える門の前に立つ。
特別、自分の生い立ちを不幸だとも、可哀想だとも思ったことはなかったが、祖母とふたりで暮らした家を改めて目にすると、懐かしさとは違う、なんとも言いようのない思いが胸の奥から湧き上がってくるのだった。
鉄製の門に手をかけると鍵はかかっていなかった。坂下は錆びついた音をたてる門を押して、ゆっくりと中へと歩いて行った。
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