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第3章 俊介 6

フロントで佐々木の名前を告げると 「お待ちしておりました」 と、笑顔で迎えられ、程なく部屋へと案内される。 美しい淡い桜色の絨毯の敷かれた廊下を進んいる途中、不意に数歩前を歩く仲居が振り返った。 「お荷物は?」 そう問われて、坂下は、着の身着のままでここに来てしまったんだなぁと、つくづくそう思いあたり、苦笑する。 「いや、何も」 と、隣で答える親友の声もどこかバツが悪そうだった。 自然に視線を合わせたふたりは、だけどこんな状況も可笑しくて、どちらともなく声を上げて笑った。 まだ歳若い仲居は、そんなふたりの様子を、ほんのり赤く染まった頬をさりげなく着物の袖で隠しながら、微笑ましく見つめていた。

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