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第3章 まぼろし 1

嘘だと思った。 自分の目に映った光景がすぐには信じられず。 坂下は瞬きもせずに、ただ見つめ続けた。 まるで自分の切望が見せた幻影だと言い聞かせているみたいに。 美貌はそのままに。 髪は短く切られていた。 そのことにチクリと胸が痛んだのは、恋人の髪がとても好きだったから。 少し長めの前髪がはらりと落ちて美しい顔に陰影を作り出す。 それに見惚れながら恐る恐る手を伸ばした。 そっと触れると、恋人はいつも嬉しそうに目を細めた。冷たいと感じさせるほどの完璧な美貌を少しだけ赤らめ、首を傾げて坂下を見る。 その笑顔がたまらなく好きだった。 誰にも見せたくなかった。 「そんな顔、俺以外に見せたら承知しない」 坂下がそう言うと、まるで泣き出す前みたいな表情(かお)になった恋人は 「オレは一生、ゆづだけのものだ。だから、ゆづも……」 ーー一生、オレだけのゆづでいて そう言って、坂下の手に口づけた。 思い出は、いつも唐突に坂下を幸せだった頃に連れ戻す。 「ユキ」 唇の形だけで名前を呼んでしまうのは、もう坂下の癖になっていた。 だから、思わず呼んでしまった名前が声になっていないことにも、すぐには気が付かなくて。 こちらを向いてくれない恋人の横顔に胸が締め付けられた。 「ユキ……」 ーーお前はもう、俺のユキじゃないのか?

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