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第3章 まぼろし 2

坂下がその場所に行ったのは、東京に帰る日の前日だった。 最後にもう一度。 「行って来いよ」 坂下の背中を押してくれたのは、やっぱり親友で。 「えっ」 温泉旅館で一泊して帰って来た坂下と筒井は、駅前のビジネスホテルに泊まっていた。 そのホテルの一階にある小さなカフェテリアでコーヒーを飲みながら、向かいに座る坂下の方を少しも見ないままで筒井は言った。 「気にしてるんだろ?」 「……」 カチャっとカップをソーサーの上に置く音がして。 「お前のことだから、ばあちゃんの家、売ってしまったこと。ばあちゃんに申し訳ないだとかさ」 やっと、坂下を見た親友は優しい目をして話しを続けた。 「そんなこと全然、思う必要ないからな。大体、住みも管理も出来ない家を持っている意味ないでしょ?俺ならとうに売ってたし。お前のばあちゃんだって、お前の重荷になるより、本当に必要とされている人に住んでもらった方が嬉しいよ。だから、最後にもっかいだけ行って、それで気持ちに、けじめつけて来いよ」 先日、佐々木が勤める会社との契約は無事に終わった。 喜んでいいはずなのに、まるで厄介な荷物を処分したかのように、そのことに安堵した自分を坂下は許せずにいた。 人生は選択の連続で。 多分、 後悔のない選択なんてない。 だけど、 間違った選択をしてしまったのかもしれないという思いは、いつだって、坂下を夜も眠れないくらいの責苦の闇に落とし入れた。 「ったく。なんでお前そんなに俺のこと分かるんだよ」 「そりゃ、愛でしょ?愛」 そう言って、片手で大袈裟に投げキッスをしてみせる親友に坂下はまた救われた。 「ありがとな、俊」 「よせやい、水くさい。俺も一緒に行こうか」 「いや、ひとりで行ってくるよ」 「そっか……じゃぁ、俺は待ってるから、一緒に帰ろうな」 「ああ」 ーー一緒に帰ろう 確かにそう約束したのに。

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