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第3章 まぼろし 3

「ユキっ!」 あの日と同じハクモクレンが咲く庭で。 空へと続く花から、声がする方に視線を向けた男は、まるで知らない人を見るように揺れない瞳に坂下を映す。 駆け寄る脚はもつれて。 坂下は地面に膝をつきそうになる。 「大丈夫?」 坂下の手首を掴んだ男はそう聞いた。 温度のない声で。 なのに、触れられた場所が、 そこだけ熱い。 「ユキ」 坂下は男の手に自分の手を重ねた。 そこから自分と同じ熱が男にも伝わるように。 だけど、男はそんな坂下の手を静かに外した。 ーー胸が潰れそうだ 「お前、今までどうしてたんだ?」 「どうって?この通り元気だけど?」 短くなった髪は揺れない。 「急にいなくなって連絡も取れないし、どれだけ心配したと思ってるんだ」 「……そっか。ごめんね。だけど、ゆづも元気なんでしょ?まさかこんなところで別れた恋人に会うなんて、動揺しちゃった?」 交わらない視線。 「動揺?お前はどうなんだよ?俺と会って動揺したか?」 「しないよ。だってオレはゆづと違って慣れてる。女をタラすのも男を捨てるのも」 東京へ帰る前にどうしてももう一度ここへ来なければいけないような気がした。  亡くなった祖母への罪悪感。 消えない後悔。 ーーばあちゃん、これが答えなのか? あの最後の夏。 ずっと、ずっと、後悔していた。 仲違いしたままで。 「早よ、寝なさいよ」 あの時、俺は何と答えた? ーー俺は、許されてはいけない

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