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第3章 まぼろし 4

「捨てる?お前は、俺を捨てたのか?」 拳が白くなるくらいに強い力で両腕を掴んでも、離れた心は取り戻せない。 「なぁ、ユキ。なんで答えないんだよ?もう俺に名前を呼ばれるのもいやか?お前がもう俺のユキじゃないって言うなら、城野。城野、俺はお前に会って謝りたかった」 「謝りたかった。って。ゆづは、そればっかりだね」 冷めた目をした男は坂下に掴まれた腕を振り払うこともなく、その手に我が身を預けたままで、そう言った。 「いいよ。それでゆづの気がすむなら、謝ってよ。それでもう、終わり」 投げやりな言葉。 「簡単に言うんだな」 坂下はぽつりと呟くと、男の腕を掴んでいた手から力を抜いた。 途端に男の腕は坂下の手の中からすり抜けていく。 何度、夢を見ただろうか。 いなくなった恋人を探して。 だけど、なんの手がかりもないままで。時間だけが過ぎていった。 毎夜、眠りに落ちる瞬間にどうか、どこかで笑っていて欲しい。と、願った。 「もう、お前は忘れたのかもしれない。今更、と思うかもしれない。だけど、あの時、お前に言った言葉を俺はずっと悔やんでいた。 あれは、子供の八つ当たりだった。城野、悪かった。ごめんな」 こんな風に謝罪するのもただ罪悪感から逃れる為なのかもしれない。 そんな身勝手な自分を坂下は苦々しく思う。 ーーだから、城野は俺を捨てたのか? ーーだから、ばあちゃんは、死んだのか? 「ゆづ?」 不意に気遣うみたいに優しく名前を呼ばれて、坂下は落とした視線を上げた。そして、目を細めて自分を見つめる男に何?と、言うみたいに視線で応える。 「くちびる、切れてる」 強くくちびるを噛むのは、坂下の癖で。時々、強く噛みすぎて、血が滲んだ。 それは抗うことの出来ないデジャブみたいに。 言葉なく見つめ合ったふたりのくちびるは、引かれ合い、やがて重なった。

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