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第3章 まぼろし 5
長い口づけから解放されたくちびるが吐息まじりに名前を呼ぶ。
「ユキ……」
それで魔法がとけてしまったみたいに。
名前を呼ばれた男は、シャツの下の素肌に這わせていた手の動きを止めた。
そのまま少し身体を離すと、自分の唾液で濡らした坂下のくちびるから目を背けた。乱暴な仕草で自分のくちびるを手の甲で拭う。
母屋の側に建つ納屋の壁にもたれた坂下は、乱れた呼吸の中でその様子をぼんやりと見ていた。
さっきまで弄られていた乳首はジンジンと熱をもってまだ疼いている。
「……そんな表情 でオレを見ないで」
「そんな表情 って、どんな表情 だ」
「オレのこと……好きでたまらない。って表情 」
言われて、フっと坂下は笑う。
「仕方ないだろ?」
睨みつける目元が赤いのは、泣き出しそうになるのを我慢しているせいで、声が掠れるのは本当に好きでたまらないからだ。
「お前が好きだよ」
短くなった髪に手を伸ばす。
「お前が好きでたまらない」
そのまま強く引き寄せる。
「お前は違うのか?」
胸に寄せた頭を撫でながら坂下は問いかける。
「ユキ」
男はその場に膝をつくと、坂下の腰に腕を回す。
坂下を捨てた、と、言った癖に男は、まるで捨てられるのを恐れるみたいに坂下に縋り付く。
「オレは……」
くぐもった声が衣類越しに伝わって坂下の肌を、また熱くする。
「……ッ」
それだけで反応しそうになる。
目を閉じて息を吐く。
「ゆづ……」
男は最後まで
「好き」だとは言わなかった。
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