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第3章 まぼろし 8
「ユキに会ったよ。俺のことなんてとっくに忘れてたってさ」
出来れば、軽口に聞こえて欲しいと思いながら、坂下はホテルで帰りを待っていた親友に、そう言った。それが上手くいったどうかは、自分を見る親友の顔で分かった。城野のことになると今でも少しも冷静ではいられない。
「良かったじゃないか」
思ってもいない言葉を言われて、坂下は親友を見つめた。
「良かった?」
声は低くなる。
「これでお前も忘れられる。良かったんだよ」
坂下の知らない男がそこにいた。
「俺は……」
坂下の言葉を遮って男は続ける。
「もうお前を過去に縛りつけるものは、何もないんだ。坂下、前を見ろ」
ーー前を見ろ
その言葉は坂下の頬をぶった。
「なぁ、俊。お前、なんで驚かなかった?」
東京に帰る前にもう一度、祖母の家に行くことを勧めたのは筒井だ。筒井に言われなければ坂下は今日、祖母の家に行くことはなかっただろう。
そこで城野と会うことも。
「お前、まさか」
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