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第6話 俺と熱
俺にとって安曇は友達でバスケ部マネージャーで……好きな人。
子供の頃、冗談交じりに蓮と安曇の取り合いになったこともあった。蓮は昔から安曇が好きで俺とは違って積極的に口説いているのをよく見かけてたけど、俺は蓮と違って友達を演じることに専念して気持ちを押し殺すことにした。
安曇に気持ち悪いと思われるのも友達じゃなくなるのも嫌だったし、なにより失うのが怖かった。
友達でいれば側にいられるし、何も変わらず毎日が送れる。それでいいと思っていた…いや、いいと思い込もうとしていた。
それも最近になって時々崩れそうになる。
「拓真どうしたの?なんか顔色悪いね」
部活の休憩中、外で顔を洗っていた拓真に安曇がタオルを持って近寄ってきて顔を覗き込んでくる
「そうか?普通だよ」
(上目遣い可愛いな…)
心配そうにこちらを見つめてくる目を思わず凝視していると安曇の方から目をそらされてしまう
「具合悪かったら言って?保健室連れていくから」
「おう」
チラチラとこちらを見てくる安曇に笑顔を向けて返事を返すと体育館の中に戻って行ってしまう
「…危ねぇ。触りそうになった…」
キラキラと日の光に輝く安曇の髪を思わず触りたくなる衝動に駆られたが、グッとこらえてタオルに顔を押し付けて深く深呼吸をしてから体育館の中へと戻っていく
西川や他のチームメイト達と楽しそうに話す安曇を見かけて胸の奥底がざわつき内側から黒いものに支配されそうになるが、とっさに体育館の壁に頭を打ち付け痛みで気をそらす事にして
(嫉妬なんかするな…安曇は友達だろ)
物凄い音に全員が拓真の方に振り返り何事かと驚き、安曇が拓真の額から滲む血に気が付き駆け寄る
「拓真!どうしたの?大丈夫?」
顔を近寄ってきた安曇の方へ向けると視界がぐらっと歪みそのまま床へと倒れる
「拓真!!」
部員達も慌てて駆け寄り心配そうに覗き込む
「おい、拓真!大丈夫か?」
西川が拓真の頬を触ると物凄く熱く首も触ってみると熱があることは明白で
「すげー熱だ…」
「西川、保健室まで運んでやれ。もう一人誰か手伝ってやれ」
顧問の先生がやってきて部員達に指示を出していく
「マネージャーは拓真の荷物まとめて保健室に行ってくれ。俺は親御さんに連絡してくる」
「わかりました」
西川達が拓真の肩を両脇から抱えて保健室へと向かう
安曇もロッカーから荷物を取ると保健室へと急いで向かう
「………」
拓真が目を覚ますと白い天井が目に入り、ガタッと音がしたと思ったら安曇の顔が近くにくる
「拓真!良かった…気がついた?」
「安曇…」
「体育館で倒れたんだよ。大丈夫?気分悪くない?」
グラグラと揺れる視界の中、心配そうにこちらを見つめる安曇に笑顔を返して
「大丈夫だよ。そんな心配そうな顔すんな」
「心配するよ…頭ぶつけていきなり倒れるんだもん。先生に起きたこと知らせてくるよ。拓真の両親と連絡つかなくて先生が送るって言ってたから」
「両親、海外出張中で二人ともいない」
体を起こしてベッドから出ようとすると安曇に止められる
「歩いて帰れるから大丈夫だ」
「ダメだって、そんなフラフラじゃ危ないよ」
「平気平気…」
立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、力が上手く入らず隣のベッドに安曇を押し倒してしまう
「うわっ!ちょっちょっと拓真…大丈夫?」
とっさに支えようとしたが非力な安曇ではどうしようもなく下敷きなる
起こそうとしてもビクともせず、この体勢がただただ恥ずかしくて誰か来ないことこを祈るしかなく、顔も自然に赤くなってしまう
「悪い…」
体を少し起こして安曇の顔を見つめると真っ赤になっており、こちらを見つめてくる潤んだ目と合う
(あ、この距離キス出来そう…)
拓真がぼんやり考えていると廊下から足音が聞こえてきて、音に気がついた安曇が拓真の顔を両手で覆い押しのけ体を浮かせると反対側のベッドに拓真を押し倒して寝かせる
間一髪のところで保健室に先生が入ってきてホッとする安曇
(危ない…キスしそうになった)
ベッドに寝転がったまま顔を手で覆いため息をつく拓真
熱のせいで正常な判断が鈍っているのか自分の煩悩まみれの思考に呆れかえる
(今日はヤバイな…ボロが出る前に安曇から離れよう)
「拓真、起きたのか?帰れそうか?」
先生が覗き込んできたので怠い体を起こしてベッドから出て立ち上がるがフラつく
フラつく拓真の体を安曇が支えて見上げて心配そうに見つめる
「大丈夫。歩いて帰れます」
「全然そうは見えないな。車に乗せて送るから家まで頑張れ」
安曇と交換して拓真の体を支えて歩き出すと荷物を持って安曇も二人の後について行く
職員玄関から外へ出て駐車場に停めてある白い外車の後部座席のドアを開けて拓真を乗せる
「先生、僕も一緒に帰ってもいいですか?拓真のご両親海外に行ってて暫く戻らないようなので看病したいです」
「もう、部活も終わりだしな。いいぞ」
「有難うございます!」
ちゃっかり自分の荷物を持っていた安曇に先生も苦笑いを漏らすと運転席に移動する
車を走らせて拓真の家を目指して車は進む
「…はぁ…はぁ…」
熱が上がってきたのか息も荒くなり怠そうに項垂れ隣に座っている安曇の肩に寄りかかってしまう
「もうすぐ家に着くよ拓真」
心配そうに声をかけて拓真の手を軽く握ってあげる
拓真が目を覚ますと学校の保健室から自室のベッドに変わっており、頭に氷枕額には冷却シート、布団は毛布が二重にかかり羽毛布団がその上に乗っかっておりいつもより重いがおかげで寒くない
(どうやって帰ってきたんだっけ?…途中から覚えてない)
外は薄暗くなっており部活も終わったんだろうなと考えていると部屋のドアが開き安曇が入ってくる
「あ、拓真起きた?」
「安曇…?なんでここに」
「そんなの看病するために決まってるでしょ。お粥作ったけど食べられそう?薬飲んだ方がいいんだけど」
持ってきたお盆の上にはお粥が入った器や飲み物などが乗っている
お腹は全然空いてないが安曇が作ってくれたものが食べたくて体を起こす
「食べる…」
「全部食べなくてもいいからね」
お盆を拓真の膝の上に乗せて飲み物をコップに入れてあげるとお盆の上に乗せてあげる
レンゲを手に取り安曇が作ってくれたお粥を掬って一口食べると口の中にほんのりと甘みを感じるが、熱があるせいか一口で気持ち悪くなりやめてしまう
「…美味いけどもういい」
食べたい気持ちがあるが体が追いつかず水を飲んで喉を潤す
「悪い…安曇」
「無理しないでいいよ。熱あるんだし薬だけ飲んで?」
市販の薬だけどと拓真に手渡すとお盆を片付けて氷枕や冷却シートの状態を確かめて薬を飲む拓真の様子を見つめる
「…安曇、帰らなくていいのか?」
「遅くなるってことは言ってあるから大丈夫。家も近いし」
拓真を布団に寝かせると冷却シートを新しいのに変えてあげて安心させるようににこっと笑う
「俺のために…すまない…」
「僕が好きでやってることだよ」
「看病好きなのか?変わってるな」
「そうじゃないよ……とにかく気にしなくていいから。明日は部活休んでいいって先生も言ってたからちゃんと寝てるんだよ」
答えを濁した安曇を見つめながらわずかに微笑むと布団を口元までかけて
「わかった…」
「明日部活終わったらまたくるから」
立ち上がって帰ろうとお盆を持つ安曇に無性に寂しくなってきて
「安曇…」
触ろうと手を伸ばすが届かず、その場にだらりと腕を下ろす
安曇が気がついて手を優しく握ってくれる
「何?どうしたの?」
「………有難う」
危うく好きだとか寂しいなどと言いそうになるが寸前で止めてお礼を告げて握られている手を軽く握り返す
「うん…早く治るといいね。じゃあまた明日」
「…うん」
「鍵借りていくよ」
名残惜しそうに手を離すと部屋のドアから出ていく安曇を見送り、玄関が閉まる音がすると目を閉じる
「…もう限界かも…」
つい弱音を吐いてしまうが、これもきっと熱のせいだと思い込み早々に眠りにつく
翌日、喉が渇き机に出ていた水を起きて飲む
熱は昨日より下がってるらしく昨日ほど視界もぐらつかない
体温計で体温を測ってみると37.8という数字が出るが、体のベタつきに気持ち悪さを感じて風呂に入ろうと着替えを持って一階へと降りる
風呂に行く道すがらリビングの時計が目に入り時刻を確認して
「11時か…もうすぐ安曇くるかもな」
脱衣所で汗で湿ったパジャマなどを脱ぎ捨ててシャワーを浴びて汗を流す
さっぱりしたところでリビングに行き冷蔵庫を開けてペットボトルに入ったミネラルウォーターを手に取るとコップに入れて一気に飲み干す
「はー…寒い」
まだ熱があるせいか背筋が寒く感じて二階に戻ろうとリビングを出ると玄関から音がする
「安曇いらっしゃい」
部活帰りの安曇が制服姿のまま買い物袋を手に靴を脱いでいて、その安曇の姿に思わず笑みをこぼす
「拓真、起きてて平気なの?熱は?」
「まだ、あるよ。今、風呂に入ってた」
「熱あるのにお風呂入ったの?」
「ベタベタ気持ち悪かったから」
「もー」
拓真の答えに不満だったのか買い物袋と鞄をその場に置いて拓真の背中を押して二階へと上がらせる
「大人しく寝ててよ」
「はいはい」
クスクス笑いながら二階に上がり自室へと戻ると言われた通り布団の中に潜り込む
そういえば昨日帰ってから携帯を見てなかったなと思い鞄から携帯を取り出すとバスケ部員から安否のメッセージがいくつも届いている
嬉しくも有り難さを感じて「大丈夫。安曇が看病してくれてる」と送るとすぐに「はいはい、ご馳走様」や「ゴム使えよ」などと冷やかしまがいの返事が返ってきてクスッと笑う
「やらねーし…」
というか付き合ってすらいないし、自分の気持ちすら伝えたことない。身近な部員達には薄々勘付かれている気はするが今まで知らないフリで通してきた。
安曇本人には気が付かれていないようだが攻めてみたらどう思うのかも少しだけ興味ある。
「手は握っても平気そうだったな…」
ノック音がして安曇が飲み物と食べ物をいくつか持って入ってくる
「拓真、食欲ある?果物とかあるけど食べられそう?」
部屋の小さなテーブルに色々置いて寝ているこちらを見つめてくる
「果物なら食べられるかも…」
「缶詰の桃食べる?拓真、好きだったよね?」
「うん、好き」
好きという拓真からの言葉にほんのり顔を赤らめる安曇を見て体を起こしてベッドに座る
「安曇、看病のお礼何がいい?何でも聞くよ?」
「ど、どうしたの?突然」
「安曇に何かお返しがしたくて」
安曇から桃が入った器を受け取るとフォークで刺して一口食べる
「ちゃんと治ってからでいいよ…」
「もう治りかけだよ。何でもいいよ。あーでもお金欲しいとかはちょっと」
「そんなの要求しないよ」
桃を食べる拓真にむすっとした表情を向けてから、うーんと考え始める
「欲しいもの特に思いつかないな」
「体でもいいよ」
「はぁ?!」
桃を食べ終え器をテーブルに置くと安曇をみて笑みを向ける
「安曇、今エッチな想像した?」
「し、し、してないし!」
顔を真っ赤にして狼狽える安曇が面白く、もう少しいじめたくなってしまう
「今、安曇が考えたやつにする?」
「しないよ!待って!他の考えるから」
何を考えたのか気になるがあまりつっこむと怒りそうなのでやめておく
「あ、それなら僕も拓真にお礼しないと。勉強教えてもらったし」
「追試のやつ?いいよ、お礼なんて出そうな範囲教えただけだし」
「ダメダメ。本当はお菓子にしようと思ったんだけどワンパターンだなぁと思ってたところなんだ」
拓真に近寄りじっと上目遣いで見つめてくる姿に思わず拓真から目をそらして
「何でも言って?」
「んー…何でも?」
(ヤバイ…エロいことしか思いつかない…)
上手く話をすり替えて今度は自分が攻める番だと強気の安曇
何とか案を絞り出そうとするが熱がある頭では上手く考えられず悩む
「じゃあ…ハグがいい」
(何にも思いがなかった…ヤバイ、ドン引きされるかも)
「……いいよ」
顔を赤くしたままの安曇が小さな声で呟き立ち上がり腕を広げる
「よし、こい!」
半ばヤケになっているように見えるが、拓真も立ち上がり手を広げている安曇に近寄り
「随分男らしい出迎えだな…」
腰辺りに腕を回し軽く抱き締めてみる想像していたよりずっと細い、首元からはいい香りが漂ってくる
このまま押し倒してあれやこれややりたくなる衝動に駆られるが実際にやる勇気は持ち合わせていない
(緊張する…ドキドキしてんのバレるかも…)
「拓真…僕のお礼も同じでいいよ」
「え?同じ?」
耳元で小さく呟かれた安曇の言葉は微かに震えており、安曇の腕が自分の背中に回されたことを感じて余計緊張する
「拓真、体熱いね…」
「熱あるからな」
ゆっくり体を離してお互い自然と見つめ合う
赤い顔に潤んだ瞳で見上げてくるのが可愛く思わずキスしたくなってしまう
「拓真、顔真っ赤だよ?」
「安曇もな」
「なんか…照れるね」
「そうだな…」
安曇から離れるとベッドに戻り布団に入る
(思った以上に興奮する…ちょっと勃った)
もう水になってしまった氷枕を手にすると顔をそらしたままドアの方へ向かう安曇
「これ、変えてくるね」
部屋を出てパタパタ階段を降りる音が聞こえて拓真は布団に潜りため息をつく
「まだドキドキしてる…こんなに緊張するもんなのか」
今頃安曇は後悔してないだろうかと少し不安になりながら先ほどの感触を思い出す
「はぁ…もっと触りたくなっただけだ…」
余計な感触が頭に残りもっともっとという気持ちが溢れてきてしまう。友人のままでいられる自信がどんどん薄れていく
好きだという気持ちばかり大きくなり近いうちに言ってしまうかもしれない
不安と言って楽になりたいと思う気持ちが混ざり合って視界がグラついてくる
考えすぎて熱がまた上がってしまったのか目を閉じてると自然と眠気が襲ってきてそのまま眠ってしまう
安曇が戻ってきた事にも気が付かず熟睡しており安曇が声をかけても反応がない
「拓真、寝てる…」
安曇も少しホッとしたのか拓真の頭を軽く持ち上げて氷枕を入れてあげて暫く拓真の寝顔を見つめる
寝ている拓真の顔に近付き唇に触れるだけのキスをして
「おやすみ拓真」
静かに部屋から出ると鞄を持って家から出ていく
拓真は何も気が付かずに頭がひんやりして気持ちいいのか眠り続ける
キスされてた事に気がつくのはまだまだ先の話。
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